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Masaharu Yoshioka
音楽評論家。ソウル、ブラック、ダンス・ミュージックを得意とする。ソウル・ミュージックの情報サイト、『ソウル・サーチン』ウェブ http://ameblo.jp/soulsearchin/ (なお現在ごらんのこのページはソウルサーチンブログのミラーサイトです)と同名イヴェントを運営。1975年以来、レコード、CDなどに添付されるライナーノーツは1,000枚以上執筆。その他、雑誌、新聞、テレビ、ラジオなどの番組出演も。著作に『ソウル・サーチン』、翻訳書に『マイケル・ジャクソン全記録1958-2009』、『マーヴィン・ゲイ物語引き裂かれたソウル』、『マイケル・ジャクソン観察日誌』、『モータウンわが愛と夢』など。Twitterは、http://twitter.com/soulsearcher216 フォローしてください。
TITLE: ○マイケル追悼本~どれがお勧め?(パート8)
August 31, 2009
【Which Books About Michael You Should Read (Part 8)】
お勧め。
マイケル関連本、そのパート8。とても追いつかないのが現状だが、まずはお勧めの一冊。アメリカの黒人雑誌エボニー誌のスペシャル・トリビュート。下のアマゾンのリンクと表紙がちょっと違うのだが、黒バックの表紙のもの。↓

100ページの本。さすがにエボニーだけあって過去記事、また、今回の逝去後の原稿など充実。まずはアル・シャープトン師、モータウンとの契約をベリー・ゴーディーに強く勧めたベリーの右腕スザンヌ・ドゥ・パースの思い出話し、ベリーの思いで話し、アリサ・フランクリンのコメント、そして、クインシー・ジョーンズのコメント、スモーキー・ロビンソンのコメント、ニーヨのコメント、ジェシー・ジャクソンの寄稿がそれぞれ1ページずつ。このあたりのコメントの人選は実に的確でみんな読ませる。すばらしい。たくさんのモノクロの写真…。エボニー誌1984年12月号の再掲、1992年5月号の再掲、2007年12月号の再掲(これは最後のインタヴューと題され、写真を含め本人の語りで16ページ。これだけでも価値がある)。
各コメントの中でもニーヨの原稿などはおもしろかった。
あるとき、ニーヨのプライヴェートの携帯にマイケルと名乗る人物から電話があった。ニーヨはそんなわけはない、いたずらだと思い、すぐに切る。だがまたかかってきて、別の人物が「ミスター・ジャクソンがあなたとお話したがっています」といって本人につないだ。ニーヨは腰を抜かすほど驚いた。マイケルはニーヨと一緒に曲作りをしたいと申し出て、二人は秘密裏に会って、曲作りを始める。ニーヨは月に2度ほど、それぞれ3-4曲をマイケルに送り、それを聴いたマイケルと電話でやり取りをするようになった。「ナンバー5の曲がよかったが、フックはナンバー3のほうが強いんじゃないか」などとマイケルが意見を言ってくれたりした。これが彼が亡くなるまで続いていたという。
ニーヨは、歌い始めたとき、自分の声が嫌いだった。彼は、自分がテディー・ペンダグラスやマーヴィン・ゲイ、オージェイズのエディー・リヴァートのような声でないことに悩んでいた。高い女性のような声をしていたからだ。そんな頃、母親がマイケルの『オフ・ザ・ウォール』とスティーヴィーの『ホッター・ザン・ジュライ』をくれて「これらのアルバムを聴いて、彼らが自分の楽器(声)をどう使っているか勉強してごらんなさい」と言ったという。「マイケルは今、悩みや苦悩を越えたところにいる。もう誰も彼を傷つけることはできない。そういう意味でほっとしている」とニーヨは言っている。
マイケル・ニーヨのコラボなどは最高のものになるだろうが、ニーヨのアルバムにでも収録されないのだろうか。
■ EBONY SPECIAL TRIBUTE
売り上げランキング: 2992
(一言コメント) さすがエボニー。コメント取りも適材適所。同じ速攻でもこれだけのものが出来るところは底力を感じる。ローリング・ストーン誌も中身は濃かったが、若干、ネガティヴな記事もあったが、ここにはそういうものはない。
この本のお勧め度=★★★★★
お勧め度を5段階で評価。
★★★★★=お勧め。大変よい。
★★★★=買って損なし。お勧め。
★★★=まあまあ。値段による。
★★=う~~ん、微妙。
=マイケルものを全部集める人だけ買えばよろしい。
■DVDマイケル・ジャクソン ヒストリーDVD BOX (DVD付) 980円
(一言コメント) ツタヤで見つけて「なんだ、これ」と思って早速買ったDVD。1時間余のものだが、どこか海外の制作会社がこれまでに報道で使われた映像と若干のインタヴュー素材を集めてやっつけで作った映像作品。DVDで980円という値段が安かったからまあいいが、中身はない。民放のマイケル特集程度のもの。まず元のナレーション原稿がいまいち。多分オリジナルの英語を訳してかぶせたものだが、内容があやしげ。マイケル・ジャクソン本人の音源、プロモ・ビデオは一切ない。映像とのリンクの権利を取るのはひじょうに難しいからだろう。唯一音源が聴けるのが、テレビなどで流されたステイプルズ・センターでのリハの模様の映像で流れる「ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス」の一部だけ。これは、権利はクリアできたのだろうか。じっくり作る時間などないからしかたないのだろう。本もそうだが、速攻で作って中身がないものを作り、あっという間に売り切るというビジネス・モデルができあがってしまったようだ。
このDVDのお勧め度=★
お勧め度を5段階で評価。
★★★★★=お勧め。大変よい。
★★★★=買って損なし。お勧め。
★★★=まあまあ。値段による。
★★=う~~ん、微妙。
★ =マイケルものを全部集める人だけ買えばよろしい。
ENT>MICHAEL JACKSON>Book & Magazine
TITLE: ◆ローラ・イジボア・ライヴ:ハッピー・オーラのローラ
August 30, 2009
【Laura Izibor With Happy Aura: Live At Billboard Live Tokyo】
オーラ。
2009年4月アメリカ、5月イギリス、6月日本でデビューしたアイルランド出身のローラ・イジボアの一般向け初来日公演。(媒体向けショーケースは除く) ドラムス、ベース、キーボード、トランペット、コーラス、それにローラ本人の歌とキーボードという編成。ギターがなく、トランペットというところがおもしろい。オープニングやところどころでいい雰囲気をだしていた。
第一印象はアイルランドのアリシア・キーズという感じ。特に正面に置いたキーボードを弾きながら、しっかりした歌を聴かせるところなど、新しい世代のアリシアという印象を持った。(もちろん、アリシアもバリバリの現役ですが…)
半分以上の曲で弾き語りっぽくパフォーマンスを見せ、デビュー作からの10曲すべてと新曲、アルバム未収録曲などを披露。アコースティック・ギターをフィーチャーした新曲「グレイスフリー」、さらに続く「カルーセル」(映画『P.S.アイ・ラヴ・ユー』サントラ)はひじょうに印象に残った。よく通る声、きりりとした可愛いルックス、しっかりしたライヴ・パフォーマンス、スターになる要素は備えている。
アンコールの「シャイン」は、本編でやったヴァージョンとは違いモータウン・サウンド風のリズムを強調したヴァージョン。最後はのりのりで観客も、総立ち。何度も曲間に「ありがとうございます」と日本語でいれる。
ステージ上でのローラは、とてもハッピーな感じで、ハッピー・オーラが醸し出されていた。
ライヴ後、会場ではサイン会。ものすごい列ができていた。かわいくて、歌もうまくて、キャラも明るく、新しいスターだ。
ところで、彼女の誕生日、前回記事を書いたときは1987年5月とまではわかっていたが、日にちがわからなかった。いろいろ調べてみると、どうやら、5月13日ということがわかった。これはびっくり、スティーヴィーと同じだ。
■ 「山野ミュージック・ジャム」(インターFM)2009年8月30日(日)午後4時半から、ローラ・イジボアの最新作をご紹介します。
■ 過去記事
April 22, 2009
★ローラ・イジボア:強烈猛烈な新人女性ソウル・シンガー
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10246894692.html
■ ローラ・イジボア・デビュー作
ワーナーミュージック・ジャパン (2009-06-24)
売り上げランキング: 820
■ メンバー
ローラ・イジボア / Laura Izibor(Vocals)
モーリス・ブラウン / Maurice Brown(Trumpet)
クリス・ロブ / Chris Rob(Keyboards/Background Vocals)
ソロモン・ドーシー / Solomon Dorsey(Bass/Background Vocals)
ジョー・ブラックス / Joe Blaxx(Drums)
メラニー・チャールズ / Melanie Charles(Background Vocals)
■ セットリスト : ローラ・イジボア @ビルボード・ライヴ東京
Setlist: Laura Izibor @ Billboard Live Tokyo, August 28, 2009
show started 21:37
01. What Would You Do?
02. I Don’t Want You Back
03. Look At What You Got (Not on first CD)
04. Gracefully (New Song, not yet available on CD)
05. Carousel (From “P.S.I Love You”)
06. Perfect World
07. The Worst Is Over
08. If Tonight Is My Last
09. Shine
10. Don’t Stay
11. Can’t Be Love (Not on first CD)
12. Mmm…Mmm
13. From My Heart To Yours
14. Yes (I’ll Be Your Baby)
Encore Shine
show ended 22:51
(2009年8月28日金曜、ビルボード・ライヴ東京=ローラ・イジボア・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Izibor, Laura
2009-99
TITLE: ■格調高きラムゼイ・ルイス・トリオの演奏
August 29, 2009
【Ramsey Lewis Trio : Live With Class, Intelligence And Elegance】
格調。
シカゴのチェス・レコードから多くのジャズ・レコードを出してきたジャズ・ピアニスト、ラムゼイ・ルイスが昨年(2008年)7月に12年ぶりのブルーノート・ライヴを敢行。多くのファンを魅了し、1年後にリターン。今回も、ドラムス、アコースティック・ベースとのトリオ。基本的にはストレートなジャズ・トリオで、一番ブルーノートという会場にあった感じの音楽だ。客席は、さまざまなタイプの人たちで埋まる。昔からのファン、アース関連で知った人、ジャズ・トリオが好きそうな人たちなど、老若男女。ラムゼイの幅広い人気を示す。
音は静かに小さく、品のいい感じのトリオ演奏。1曲終わるときちんと立ち上がり、曲紹介し、おじぎ。ひじょうにまっとうなジャズマンだ。そこから醸し出されるサウンドは、格調があり、知的で、暖かく、優しく、エレガント。彼の演奏を聴いているとジャズが格別のシルクのような高級感を感じさせる。
ちょうど、ステージの斜め右あたりで見ていたが、ラムゼイが後ろにぐーんと伸びるときのシーンが、ちょっと映画『レイ』のポスターで見せた絵と同じに見えた。
それにしても、ラムゼイ・ルイスはじつにかっこいい。74歳とは思えないほどの若々しさ。かつて、このトリオのドラムスにモーリス・ホワイトがいたのかと思うと、なかなか感慨深い。
日によってセットリストは微妙に違うようだが、ソウル系ファンとしては、「サン・ゴッデス」「ジ・イン・クラウド」、そして、「ウェイド・イン・ザ・ウォーター」の3曲を聴きたい。前2者はどちらかが交互に演奏されるようだ。「サン・ゴッデス」は、ヒップホップ系アーティストなどにもサンプリングされているので、若い層からも支持を集める。
今回は2009年10月にリリースされる予定の新作『ソングス・フロム・ザ・ハート』に収録されている作品から3曲が演奏された。
本編最後の「スピリチュアル・メドレー」は、それまでのジャズ・トリオがチャーチ・トリオのサウンドに早変わり。たった3人でもこれだけサウンドの変化がつけられるのだから本当にたいしたもの。ドラム・ソロも、そして、サウンドも、なんとも昭和のジャズという感じでほほえましく思った。
ところで、日本在住ナンバーワンDJであるカマサミ・コングさんがラムゼイにインタヴューするというので、ひとつだけ質問を託した。それは、”Who do you think the “in” crowd these days, besides who were the “in” crowd back then(あなたは今一番かっこいい、旬な人だと思うのでは誰ですか。その昔、かっこよかった人は誰だと思いますか)”というものなのだが、果たしてその答えはいかに。
(ライヴは、今日、土曜日(8月29日)まで、ブルーノート東京で)
■ まずは「ジ・イン・クラウド」のベスト
ユニバーサル ミュージック クラシック (2003-04-23)
売り上げランキング: 19756
そして、『サンゴッデス』
ソニーレコード (1999-11-03)
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■ メンバー
ラムゼイ・ルイス(ピアノ)Ramsey Lewis(p)
ラリー・グレイ(ベース)Larry Gray(b)
レオン・ジョイス(ドラムス、パーカッション)Leon Joyce(ds,per)
■ セットリスト ラムゼイ・ルイス・トリオ
Setlist: Ramsey Lewis Trio @ Bluenote Tokyo, August 28, 2009
show started 19:00
01. To Know Her Is To Love Her (from new CD “Songs from the Heart”)
02. Allegro Con Brio (Poco Allegretto) (From Brahms Symphony No.3 )
03. Sun Goddess
04. Conversation (from new CD “Songs from the Heart”)
05. Touching, Feeling, Knowing (from new CD “Songs from the Heart”)
06. Spiritual Medley
Enc. The “In” Crowd
show ended 20:16
(2009年8月28日金曜、ブルーノート東京=ラムゼイ・ルイス・トリオ・ライヴ)
ENT>LIVE>Lewis, Ramsey Trio
2009-98
TITLE: ●デルズのジョニー・カーター、ソングライター、エリー・グリーニッチ死去
August 28, 2009
【デルズのジョニー・カーター、エリー・グリーニッチ死去】
訃報。
アメリカのソウル、R&Bシンガーでドゥワップ創成期から活躍してきたジョニー・カーターが去る2009年8月21日、地元イリノイ州ハーヴィーの病院で肺癌のため死去した。75歳だった。ジョニー・カーターは、R&Bヴォーカル・グループ、デルズのシンガーとしても知られる。ただデルズのリードは、マーヴィン・ジュニアというシンガーでその印象が強いが、ハイヴォイスを歌いコーラスをいれていた。
ジョニー・カーター(本名ジョン・E・カーター)は、1934年6月2日、シカゴ・サウスサイドの生まれ。シカゴで18歳のとき1952年にドゥーワップ・グループ、フラミンゴスを結成、1956年、「アイル・ビー・ホーム」がヒット。その直後徴兵され、戻ってくると、彼のポジションが別の者に取られていたため、自身で新たなグループを探す。1960年、ちょうどデルズのジョニー・ファンチェズが辞めるところに参加。デルズはダイナ・ワシントンのバック・グループとなり約2年活動。その後、デルズとしてシカゴのチェス・レコード傘下、カデットなどでシングルをリリース、ヒットを多数生み出した。特に、「ステイ・イン・マイ・コーナー」(1968年)、「オー・ホワット・ア・ナイト」(1956年と新録が1969年再ヒット)「ラヴ・イズ・ブルー」(1969年)、「ギヴ・ユア・ベイビー・ア・スタンディング・オヴェーション」(1973年)などが大ヒット。ヒット曲は50曲近い。
カーターが所属した両グループともロック殿堂入りを果たし、2つのグループで殿堂入りを果たした5人のうちのひとりとなった。カーターは、1960年にデルズに参加以来、死去するまで49年間在籍していた。
娘のジュウェルによるとカーターは、釣りが好きで、料理もよく作ったという。ジュウェルによれば父は「話すことより、歌っているほうが好きだった」と言う。
■ニュース記事
http://www.mercurynews.com/news/ci_13190707
■ デルズ
Polygram UK (2001-09-25)
売り上げランキング: 119612
+++++
(速報)ソングライター、エリー・グリーニッチ死去
訃報。
ニューヨーク出身のソングライター、エリー・グリーニッチが2009年8月26日、ニューヨークのルーズベルト病院で心臓発作のため死去した。68歳だった。「ダ・ドゥ・ロン・ロン」「チャペル・オブ・ラヴ」「ビー・マイ・ベイビー」などの大ヒットで知られる。多くの作品を夫のジェフ・バリーとともに書き、プロデューサー、フィル・スペクターともコラボレートした。
エリー・グリーニッチは、1940年10月23日、ニューヨーク生まれ。エリノア・ルイーズ・”エリー”・グリーニッチ。シンガーを目指したが、途中からソングライターとしての活動が多くなり、ヒット曲を多数生み出す売れっ子ソングライターとなった。
ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンは、「彼女はあらゆる時代における最高のメロディー・ライターだった」と振り返る。「(彼女が書いた作品は)、永遠に残る織物のひとつ」というのは自ら作詞・作曲するダイアン・ウォーレン。
http://www.latimes.com/news/obituaries/la-me-ellie-greenwich27-2009aug27,0,5623596.story
(詳細は後ほど)
■作品集
ミュージック・シーン (2008-10-25)
売り上げランキング: 9538
OBITUARY>Carter, Johnny (Dells) (June 2, 1934 – August 21, 2009, 75 year-old)
OBTUARY>Greenwich, Ellie (October 23, 1940 – August 26, 2009, 68 year-old)
TITLE: ⊿ドイツのDJユニット、ジャザノヴァ・ライヴ
August 27, 2009
【Jazanova Said “Support Music, Support Art”】
DJ。
日曜日、コットンでちょうど隣に座った縁で松尾さんがジャザノヴァのメンバーと知己を得て、火曜日、ビルボード・ライヴへライヴを。DJ系ユニットがリアルなバンドを結成して登場だ。「ジャザノヴァには2つの顔がある。それはDJサイドとスタジオ・サイドだ」とMC役で、リード・ヴォーカルでもあるポールはステージで言う。DJユニットとしてのジャザノヴァと、バンドとしてのジャザノヴァのことだ。ドイツ出身のDJが集めた今回のバンドは最大9人がオンステージという、本格派だ。ドラムス、キーボード、ギター、ベース、パーカッションにサックス、トロンボーン、そしてDJ、リード・ヴォーカルの編成。楽器を持ち変える人もいるので楽器編成はもう少しヴァリエーションが出る。
ちょうどインコグニート、ブランニュー・ヘヴィーズをもう一歩だけクラブ系、DJ系に寄せた感じのバンド・サウンドだ。いかにもヨーロッパの小粋なミュージシャンたちという装いで、白人のグルーヴを醸し出す。全体的に耳当たりがよく聴きやすい。なによりステージ上で一番動くのがDJのアクセルというところがおもしろい。
アシッド・ジャズと同じ系列になると思うが、クラブ系バンドの場合、観客層が若くておしゃれなのが特徴だ。男女比半々か若干女性の方が多いか。途中から、みんな立ちだし、最後は総立ちになった。
メンバーは1人以外全員ドイツから。リード・ヴォーカルのポールだけはアメリカ・デトロイト出身。なんと日本に来るのは7回目だそうで、昔、大阪のボトム・ラインで一月ほど1日3ステージくらいのいわゆる「ハコバンド」を経験している、という。
DJユニットで始まった彼らが本格的なバンド形態でやりだしたのは、今年(2009年)1月、ロンドンのクラブ・ギグから。以来、コンスタントにライヴ活動を続け、バンドとして初来日。(DJとしては何度かクラブに来日しているそう) 進化したDJユニットだ。
「入口でCDを売ってるからね。焼かないで(コピーしないで)買ってね。そうして音楽をサポートしてください。アートをサポートしてください」と訴えた。ポールは「4年半くらい前にベルリンでのパーティーで出会った。そのときは何も起こらなかったが、その後オーストラリアのパーティーでまた会った。で、その後、DJアクセルからジャザノヴァで歌わないかと誘われ、今、こうしてここにいる」とステージで言った。Support music, support art! ナイス・フレーズ!
■ジャザノヴァ最新作
Verve (2008-10-21)
売り上げランキング: 4807
■メンバー
アクセル・ライネメア/Axel(Reinemer DJ/Percussions)
ステファン・ライゼリング/Stefan Leisering(Percussions)
ポール・ランドルフ/Paul Randolph(Vocals/Bass)
セバスティアン・シュトゥドニツキー/Sebastian Studnitzky(Keyboards)
アルネ・ヤンゼン/Arne Jansen(Guitar)
パウル・クレーバー /Paul Kleber(Bass)
トミー・バルドゥー/Tommy Baldu(Drums)
セバスティアン・ボルコフスキー/Sebastian Borkowski(Saxophone)
デビッド・ベン=ポラット/David Ben-Porat(Trombone/Vocals)
■セットリスト ジャザノヴァ @ ビルボード・ライヴ
Setlist @ Billboard Live, Tokyo August 28, 2009
show started 21:32
01. Theme From Belle Et Fou
02. Look What You’re Doin To Me
03. Lucky Girl
04. No Use
05. Boom Klicky
06. Siren’s Call
07. Little Bird
08. Fedime’s Flight
09. Let Me Show Ya
10. I Can See
Enc. Rockin’ You Eternally
show ended 22:52
(2009年8月25日火曜、ビルボード・ライヴ東京=ジャザノヴァ・ライヴ)
TITLE: △インターFMで8月29日にマイケル特番
August 26, 2009
【インターFMで8月29日にマイケル・ジャクソン特番】
告知。
インターFM(東京地区76.1mhz)で来る2009年8月29日(土曜日)午後3時から4時半にわたって、マイケル・ジャクソンの特別番組『フェアウェル・トゥ・キング・オブ・ポップ・スペシャル』という番組を放送する。同日は、マイケルの51歳の誕生日。
出演は司会・岡村有里子、ゲスト湯川れい子、吉岡正晴、マイコーりょう。
マイケル・ジャクソンの歴史、功績、エピソードなどを特集する。ウィル・アイ・アム、クインシー・ジョーンズ、オマリオン、ワイクリフ・ジョン、エイコン、メアリー・J・ブライジ、ファレル・ウィリアムス、そして、ビヨンセ・ノウルズなどのコメントも放送する。
■ 番組概要
タイトル FAREWELL to KING of POP SPECIAL
放送日 2009.8.29 15:00-16:30
放送局 インターFM (東京地区76.1mhz)
メールあて先 mj@interfm.jp
番組ホームページ http://www.interfm.co.jp/mj/
TITLE: ☆ソングライター、リオン・ウェア戻ってくると宣言
August 25, 2009
【”I’ll Be Back Soon”: Leon Ware Declares On The Stage】
渋さ。
ソングライターとして多くのヒットを放ってきたリオン・ウェアが2002年大阪ブルーノート以来、およそ7年ぶりの来日、東京地区での初ライヴ。僕は初めて見るので相当期待値の高いライヴだ。コットン3日間のライヴ、評判が評判を呼び、後半はどんどん客足が伸び日曜セカンド(最終)も超満員。しかもソウル・バー関係者、ソウル・ファン多数集結。カウンター前に補助席まで出ていた。
1曲1曲をリオンは丁寧に歌い、ときにその曲を解説したりしながらショーを進める。リオンといえば、僕にとってはマーヴィン・ゲイの「アイ・ウォント・ユー」だ。その官能的な音、歌、メロディー、歌詞、すべてが魅力だ。そしてこのリオンのライヴもそうしたマーヴィン風の官能路線(センシュアル)な部分は存分にかもし出されていた。
おもしろかったのは、日本でなぜか人気の高いセットリスト7の「ホワイ・アイ・ケイム・トゥ・カリフォルニア」。初日には歌われたが、そのセットが長くなり2日目は2-3曲カットしたところ、そのカットされた中にはいってしまった。そうしたら、どうやらファンからリクエストがあったらしく、MCで「次の曲はみなさんから強いリクエストがあった曲です。この曲をやらないともう日本には戻って来れないと言われたので、やりたいと思います。また日本に戻ってきたいですから」と言い、これを歌った。
歌自体はソウルフルというよりも、淡々とした渋い味わいの歌。いずれの曲も、なかなかセンシュアルでムードがただよう。むしろバックコーラスの女性ニッキのほうが元気のあるはつらつとしたヴォーカルを聴かせた。そしてニッキとからむ曲はかなりいやらしい感じがかもし出される。彼は自身で「センシュアル・ミニスター」(官能的な、性欲をそそる牧師)と言う。これは、誰かに「リオン、あなたはセンシュアル・ミニスターだな」と言われたのを気に入って自分でも使うようになったそうだ。
彼もステージで歌うのが大好きなようで、パフォーマンスをエンジョイしている。ドラムス(ドネル=ルーファスやジョディー・ワトリーで来日)、キーボード(ウェイン・リンゼイ=スティーヴィー、ホイットニーなどで来日。自らリンゼイとしてもアルバムをだしている)らのバンドもしっかりしている。
そして、5曲目の前では「彼ともいろいろな曲でコラボレートしました。彼はキング・オブ・ポップと呼ばれています。彼は歌詞をとても芸術形態のものとして重要視するアーティストでした。これはとても珍しいことなんです」 こう言ってマイケル・ジャクソンの「アイ・ウォナ・ビー・ホエア・ユー・アー」を歌った。
本編最後は、彼の名を決定付けたマーヴィン・ゲイの「アイ・ウォント・ユー」。これはさすがに圧倒的に盛り上がる。そして、一旦ひいて、アンコールで「アフター・ザ・ダンス」。さらに、その後バンドは下がり彼だけがステージに残り、ピアノの弾き語りでしっとりと「フォーエヴァー」を歌い、ステージは幕。満員のスタンディング・オヴェーションが長く続いた。そして彼は何度も言った。「またすぐに戻ってきます! I’ll be back!」
この日見に来ていたケイリブ・ジェームスも、「こんな満員はすごいな。ソングライターのライヴでこれだけお客さんが来るというのは素晴らしいことだ」と言った。
ちょうど我々が座った隣にドイツのジャザノヴァのご一行がいて、同行松尾潔さんが気づいて教えてくれた。(隣でドイツ語っぽい話し声が聞こえるので、「あなたたちはジャザノヴァか」ときいたら「そうだ」とのこと。さすがだ(笑)) 月曜、火曜にビルボードでライヴがあり、日曜ほんの少し前に到着してコットンにきたそうだ。僕は知らなかったのだが松尾さんによるとジャザノヴァはリオンともコラボしており、それで見に来たとのこと。情報感謝。
(リオン・ウェアにインタヴューする機会があったので、その模様は明日以降にご紹介します)
■ CDはけっこうたくさん出ています。1枚だったらこれか。むずかしいが。

夜の恋人たち
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リオン・ウェア
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インサイド・イズ・ラヴ
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リオン・ウェア
ユニバーサル インターナショナル (2003-10-22)
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■ メンバー
リオン・ウェア
Leon Ware(vo), Wayne Linsey(key), Chris Warrior(g), Smitty Smith(b) Donnell Spencer Jr.(ds) Nikki Grier(vo)
■ セットリスト
Setlist: Leon Ware @ Cotton Club, August 23, 2009
show started 20:02
01. Got To Have You Back [Isley Brothers]
02. Sumthin’ Sumthin’ [Maxwell]
03. Hold Tonight
04. Moonride
05. I Wanna Be Where You Are [Michael Jackson, Marvin Gaye]
06. A Tribute To Ahmad (Wayne)
07. Why I Came To California
08. If I Ever Lose This Heaven (with Niki) [Quincy Jones, AWB]
09. Inside My Love (Nikki) [Minnie Riperton]
10. Rockin’ You Eternally
11. I Know It’s You (duo with Nikki) [Donny Hathway]
12. I Want You [Marvin Gaye]
Enc. After The Dance [Marvin Gaye]
Enc. Forever (only Leon on piano)
show ended 21:42
(2009年8月23日日曜、丸の内コットンクラブ=リオン・ウェア・ライヴ)
TITLE: ◎グレッグ・フィリンゲインズとリン・フィドモントとヴァレリー・ピンクストン
August 24, 2009
【Greg Phillinganes, Lynn Fiddmont & Valerie Pinkston】
チャット。
パティー・オースティン・バンドは、LAの強力メンバーを揃えている。中でも、キーボードのグレッグは、マイケル・ジャクソン、クインシー・ジョーンズ、ライオネル・リッチー、エリック・クラプトンと、錚々たるアーティストから請われ、さまざまなツアーやレコーディングに参加する、超売れっ子ミュージシャン。自身でもアルバムを出していて、日本にも隠れファンがけっこう多い。
グレッグには2-3度インタヴューしたことがある。最初は、マイケル・ジャクソンがソロとして初来日した1987年のバッド・ツアーのとき。そのとき、グレッグはマイケル・バンドの音楽ディレクター。ライヴ関係者をかたっぱしからインタヴューする機会があり、その一環で話をきいた。その後1991年8月に、何かでインタヴューした。原宿のスタジオに行った記憶がある。グレッグはそのことを覚えていなかったが、「ナイス・トゥ・ミート・ユー・アゲイン」という感じでいつもながら気さく。
彼に何回くらい日本に来たか勘定できるかと聞くと、「30回以上だよ。日本が大好きなんだ。最初に来たのは1981年、クインシー・ジョーンズと来た。たしかサントリー・ホールでやったライヴだ」という。確かに。彼は東京都内は、地下鉄で移動する。それだけではない。なんと、「スイカ」カードを持っているのだ。
「なに、そのスイカ・カードって?」とリンが尋ねると、グレッグが説明する。来日ミュージシャン多かれど、さすがにスイカを持っている来日ミュージシャンはなかなかいない。携帯を持っている人はいるが…。
彼に自分自身のアルバムを作る予定はないかと尋ねると、「いやあ、時間がなくてね。今はロッド・スチュワートのアルバムを作ってる。レコーディング、ツアー、レコーディング…、なかなか自分の時間をゆっくりとれないね。日本にも来なきゃならないし。(笑) いつも日本から帰るときは、『次に日本に戻ってくるのはいつだろう』って思ってるほどさ」と立て板に水状態。
「グレッグ・バンドでは来日しないの」と尋ねると、「さあ、どうだろう。お客さんはいるかな」と言う。「たぶん正しい選曲をして、よいショーをすれば、お客さんは来るんじゃないかなあ。グレッグがプレイしたヒット・レコードをプレイする、ということで、ヒット曲のオンパレードになるでしょう」
リンは、2年前の2007年、スティーヴィーが来日したとき、そのバックで来ていた。リンの元夫はウェイン・リンゼイというキーボード奏者。ウェインとは個人的に1990年代から知っていたので、たしかそのつてでリンと知り合っていたような気がする。2人でヴァージンからリンゼイというアーティスト名義でアルバムも出している。随分前に別れたみたいで、今は「エックス(ex)ハズバンド=元夫」と言う。彼女もベイビーフェイスで来たり、ちょくちょく日本には来ている。「私も地下鉄好きよ、でもスイカ・カードは知らなかったわ」
ところで奇しくも、その元夫ウェインがまったく同時期にコットン・クラブで行われるリオン・ウェアのバックで来日中なのだ。「コットンに見に行くの?」と聴くと、「自分もライヴもあるから行けないわ」と笑った。しかし、世の中は狭いものだ。
そして、そのリンに元チャプター8のヴァレリー・ピンクストンを紹介された。ちょうど、一緒に楽屋に行ったライターの金澤さんがチャプター8の話を持ち出し、2枚目以降が好きなんです、と言うとえらく受けて、「今度来年の1月にロンドンでチャプター8、リユニオン・コンサートをやるのよ」という爆弾ニュースが飛び出た。(っていうか、これを爆弾ニュースと思うか、思わないかは各個人の価値観による…。思わない人のほうが多いかもしれませんです。マイナーな話しですいません) で、メンバーはと聞くと、「マイケル・J・パウエル、コートレン・ヘイル、ヴァーノン・フォール…。あと何人か。あ、そして私」 「アニータ・ベイカーは入らないんですね」 「ノー、ノー、はいらないわ(笑) アニータの後に入ったのが、私ですから」 ヴァレリーは、なんとなく僕を見たことがあるようなことを言う。1996年のホイットニー・ヒューストンで来日している、という。じゃあ、そのときに会っているかもしれない。
しかしパティーの今日のステージは随分とスポンテニアスなショーでしたね、とふると、リンが言う。「だいたい、いつもあんな感じよ」 「セットリストから外れて突然予定にない違う曲になって、よく追いつけますね」 「スティーヴィーで鍛えられてるし…(笑)」
ちなみにグレッグのプリンス・ネタは、この日初めて見たという。
この日は客席にベース奏者ウィル・リーが遊びに来ていて、楽屋にもいた。日本の矢野顕子のバックで来日していて、ちょうどこの金曜だけオフだったようだ。
■過去記事
February 23, 2007
Special Jam Night; Stevie Wonder’s Band: Music Is My Hobby
http://blog.soulsearchin.com/archives/001605.html
■ グレッグ・フィリンゲインズ、アルバム2枚

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■『パルス』 ここにマイケル・ジャクソンが『スリラー』のために録音する候補曲の1曲だった坂本龍一作「ビハインド・ザ・マスク」が入っている。

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TITLE: ○パティー・オースティン・ライヴ~パティーとの楽しい夕べ
August 23, 2009
(内容がでます。これからごらんになる方はご注意ください)
【Night With Patti Austin Was Fun, Fun Fun, Greg Stole The Show?】
ジュークボックス。
クインシー・ジョーンズの秘蔵っ子としても知られるシンガー、パティー・オースティンの「ジャズ・セット」ではない、「ソウル系セット」(ブラック・コンテンポラリー・セット)のライヴ。バックに来日30回以上を数えるキーボード、グレッグ・フィリンゲインズ、LAファースト・コールのギタリスト、ポール・ジャクソン・ジュニア、コーラスにリン・フィドモント(ヴァージンからアルバムを出しているリンゼイの片割れ)、そして元チャプター8のヴァレリー・ピンクストンらを従えた強力バンドをバックにしたもの。
オープニング、いきなり、クインシー関連メドレーでワン・ツー・パンチを食らう。クインシー・ナイトを彷彿とさせる。それは1980年代初期の、いわゆる「ブラック・コンテンポラリー」の夜明けにフラッシュバックさせてくれた。(ブラコン=ブラック・コンテンポラリーは1982年ごろから)
バンドがよいせいか、この日はずいぶんとのびのびとしたスポンテニアス(自然発生的)なステージ運びだった。特に中盤、「彼はクインシーやスティーヴィー、ライオネル・リッチー、マイケル・ジャクソンらの音楽監督をやっていてね、そう、私のも。グレッグ・フィリンゲインズ!」といってグレッグを紹介し、グレッグが関係した曲を何曲かちょこちょことやらせた。驚いたのがマイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」のバックで、彼がムーンウォークもどきをやったことだ。(笑) あまり上手ではなかったが、芸達者なグレッグが最高に受けていた。グレッグもパティーもかなりなファニーなキャラクターだ。
パティーの歌はもちろん安定しており、どれを歌っても、その場で何を歌おうか突然決めても、バックもついてきて、彼女は気持ちよく歌う。この日印象に残ったのは、「ラヴ・ウィンズ」さらに「セイ・ユー・ラヴ・ミー」など。
「セイ・ユー・ラヴ・ミー」では、途中グレッグに振り、グレッグがプリンス風の歌声で歌うという芸を披露した。それがえらくおもしろかったようで、パティーやミュージシャンは大笑いしている。この日、突然、その場で出たという。さらには、グレッグは勝手にプリンスの大ヒット「アイ・ウォナ・ビー・ユア・ラヴァー」をやりだしてしまった。この時点で、グレッグ・スティール・ザ・ショウ、という感じだった。
そして、一息ついてパティーが言った。「素晴らしいソングライターの曲を歌おうと思います。もう誰もが2000万回(20 million times)以上歌っていると思いますが、私なりの解釈で歌います。これは、ビル・ウィザースの作品。彼は『キング・オブ・エコノミー・リリックス』(最小限の言葉で歌詞を紡ぐキング、というニュアンス)です」 こうして歌われたのがグレッグのピアノだけで始まり、歌が弾き語りっぽく始まった「リーン・オン・ミー」だった。後半バンドが入り、かなりよかった。これを歌い終えると、ひときわ大きく長い拍手が続いた。
すると客席から「愛のコリーダ!」の掛け声が。パティー。「なんですって」「愛のコリーダ!」「問題は、彼が愛のコリーダを覚えているか…」といってグレッグを指差すと、グレッグがコードを探しあて、そのまま「愛のコリーダ」を始めたのだ。もちろん、まったく予定にない、その場で起こったハプニング。
そして本編最後は、「1970年代のディスコの時代に戻りたいと思います。あの頃、誰も私を踊りに誘ってくれなくて。私はベッドではホットなんだけどね。(笑)」 と言って歌いだしたのが、なんとブレインストームというグループが放った1977年のディスコ・ヒットだった。これは珍しかった。
アンコールはデズリーの「ユー・ガッタ・ビー」。一時間半で相当楽しめたが、ふと考えると、「ドゥ・ユー・ラヴ・ミー」や「ベイビー・カム・トゥ・ミー」がなかった。後者は予定にはあったようだが、たまたまボツになったらしい。でも、「ドゥ・ユー・ラヴ・ミー」は僕はアンコールに取っておいてあるものだと思ったので、ちょっと意外だった。
それにしても、パティーが「グレッグのジュークボックス」と呼んだように、何でもできてしまうこのバンド、実に楽しい。パティーと楽しく過ごす夕べ、という感じだ。
(この項、続くかも)
■パティーの一番人気アルバム。クインシー・プロデュースでもっとも充実の1枚

Every Home Should Have One
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Patti Austin
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ジャジーな2枚は、大人の味わい

エンド・オブ・ア・レインボー
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ハバナ・キャンディー

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パティ・オースティン
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現在のところ最新作。ガーシュウィン作品にチャレンジ。

ガーシュウィン・ソングブック
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パティ・オースティン
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■メンバー
パティー・オースティン/Patti Austin(Vocals)
グレッグ・フィリンゲインズ/Greg Phillinganes(Keyboards)
デイヴィッド・デルホム/David Delhomme(Keyboards)
ポール・ジャクソン・ジュニア/Paul Jackson, jr(Guitar)
ダン・ルッツ/Dan Lutz(Bass)
トレヴァー・ローレンス・ジュニア/Trevor Lawrence, jr(Drums)
ラモント・ヴァン・フック/Lamont Van Hook(Background Vocals)
ヴァレリー・ピンクストン/Valerie Pinkston(Background Vocals)
リン・フィドモント/Lynn Fiddmont(Background Vocals)
■セットリスト パティー・オースティン
Setlist : Patti Austin @ Billboard Live, August 21, 2009
show started 21:34
01. Intro (Introducing members)
02. Quincy/Rod Medley (#2 to #4): Stomp
03. Give Me The Night
04. Razzamatazz
–. A riff of James Brown’s I Got Feeling
05. Betcha Wouldn’t Hurt Me
06. In And Out Of Love including a riff of “Good, Bad & Ugly”
07. Hey, Joe (Jimi Hendrix)
08. Love Wins
09. How Do You Keep The Music Playing
10. Happy Birthday (To Patti, born August 10th)
–. A little bit of Greg Phillinganes (#11 to #16)
11. Love Will Find A Way (Lionel Richie)
12. Signed, Sealed, Delivered And I’m Yours (Stevie Wonder)
13. Billie Jean (Greg’s moonwalk) (Michael)
14. September (Earth Wind & Fire)
15. Say You Love Me (including Greg’s Prince Impersonate version)
16. I Wanna Be Your Lover (Prince)
17. Lean On Me (Bill Withers)
18. Ai No Corrida (Quincy Jones)
19. Lovin’ Is Really My Game (Brainstorm)
Enc. You Gotta Be (Des’ree)
show ended 23:13
(2009年8月21日金曜、ビルボード・ライヴ東京=パティー・オースティン・ライヴ)
TITLE: ◎ロバート・ブルッキンズ、46歳で死去
August 21, 2009
◎【ロバート・ブルッキンズ、46歳で死去】
訃報。
ロスアンジェルスを本拠に多くのR&B系アーティストのバックをつけたり、プロデュース活動をしていたマルチ・ミュージシャン、プロデューサー、ロバート・ブルッキンズが2009年4月15日に心臓発作で亡くなっていたことがわかった。46歳だった。
ロバート・フランクリン・ブルッキンズ・ジュニアは1962年10月7日、カリフォルニア州サクラメントに9人兄弟のうち6番目として生まれた。父はアメリカ空軍のエンジニア。母は主婦で子供たちを育てていた。しかし、母と兄トミーは、1970年のクリスマスに交通事故で死去。4歳の頃から歌い始め、5歳でドラムス、9歳でキーボードをプレイするようになり、その後ギター、ベース、ホーン楽器などもマスターした。
1974年、若干11歳か12歳でロバートは「リトル・ロバート&ザ・フォンデルズ」という9人組グループでモータウンのオーディション「ソウル・サーチ」に入賞。いくつかのテレビ番組に出演した。その後1981年、彼の兄マイケル・ブルッキンズ(ギター)とともにアフターバック(Afterback)を結成。このグループは、モーリス・ホワイトの持つARCレコードと契約し、モーリスがエグゼクティヴ・プロデューサー、ヴァーディン・ホワイトとビロイド・テイラーがプロデュースするデビュー・アルバムでは「マティニー」という曲でリード・ヴォーカルも披露した。
これを機にロスアンジェルス近辺の音楽シーンで頭角を現した。1983年にはジョージ・デュークのグループで来日。1986年、ジョージ・デュークの作品でも歌ったりしている。その後、MCAとソロ契約を結んだ。デビュー作『イン・ザ・ナイト』では、ステファニー・ミルズとのデュエットも録音。1988年、2作目『レット・イット・ビー・ミー』をリリース。その後、1999年から2008年までアースの音楽ディレクターにもなった。
また、ソングライターとしてもレディングス、ジャッキー・ジャクソン、ジェフリー・オズボーン(「シーズ・オン・ザ・レフト」がブラックで1位)、ステファニー・ミルズなどにも多数の楽曲を提供していた。
葬儀は兄弟7人と父親が中心となり、行われた。
■ 地元紙の記事↓ (2009年4月22日水曜・付け記事)
http://www.sacbee.com/300/story/1799331.html
++++
ロバートの逝去は、ブレンダ・ヴォーンから知った。彼女が、下記のロバートの追悼会の情報を持っていたのだ。Night of Remembranceって、まさか、死んだの? と思い、いろいろ調べたら、4月に亡くなっていたことがわかった。そのときは、情報は入手できていなかった。日本ではほとんどこの死去は伝わっていないと思うので、4ヶ月も経ってしまったが、今日、遅ればせながら訃報記事を書いた。1980年代のブラック・ミュージック・シーンにとっても重要な人物のひとりだ。
ロバート・ブルッキンズは何度か来日している。2000年9月、2001年11月のアースの来日時にもキーボード、ヴォーカルで参加。このときはモーリス・ホワイトが来日していなかったため、「ラヴズ・ホリデイ」などを歌った。2006年のアースには来ていない。また、1983年にはジョージ・デュークのツアーでも来日(おそらく初来日)、このときの模様は『ライヴ・アット・渋谷パブリック・ホール(公会堂)、東京ジャパン1983』としてDVD化されている。もっと他でも来ていると思うが、サイドマンでの来日だとなかなかすべてを把握できない。
ご冥福をお祈りしたい。
■ Night of Remembrance “Robert Brookins” at Center Court
ロバート・ブルッキンズを偲ぶ会~Night of Remembrance “Robert Brookins” at Center Court
2009年9月6日日曜 午後9時~午前2時
カリフォルニア州サクラメント市 センター・コート「C-Webs House」
3600 N Freeway Blvd, Sacramento, Ca 95834
電話番号、アメリカ=916-308-6115
入場料10ドル(11時前まで、以後15ドル)
■ アフターバック

![Ebony [US] September 2009 (単号)](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51Jw--sxBRL._SL160_.jpg)













