James Lavelleインタビュー/ジェームス・ラヴェルが自身のキャリアを振り返る

November 26,2016 | Category :  Interview | Tag :  James Lavelle, Mo' Wax,

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Mo’ Waxの首謀者、UNKLEのリーダー、そしてシーンのカリスマ、ジェームス・ラヴェル

11月5日(土)、表参道WALL&WALLにて開催されたMAJOR FORCEのイベントジェームス・ラヴェルが登場した。1992年にティム・ゴールズワーシーとレーベルMo’ Waxを設立したジェームス・ラヴェルは、DJシャドウ、DJ KRUSH、そして自身のユニット、UNKLEらのエポックメイキングな作品を次々とリリースし、ヒップホップやエレクトロニック・ミュージック界に多大な影響を与えたカリスマ。高木完、藤原ヒロシ、中西俊夫、屋敷豪太、K.U.D.O、NIGOら日本のストリート・シーンのキーマンと深い縁を持ち、90年代の日本のストリート・カルチャーにおいてもその存在感は唯一無二であった。Mo’ Waxの運営をストップしてからも、UNKLEとしての活動を始め、アート展示の開催、映画サウンドトラックの制作、数々のリミックス・ワーク、そしてロンドンのクラブ、FabricなどのレジデントDJをこなし、常に独自の表現を形にしてきた。

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James Lavelle at WALL&WALL. Photo by Kazuhiko Tawara

MAJOR FORCEと久しぶりの再会を果たしたジェームス・ラヴェル

―― 先日のMAJOR FORCEのイベントに参加していかがでしたか?

最高だったよ。何よりも、長年会っていなかった人たちと再会できたことがうれしかった。K.U.D.Oとはずっと会っていなかったんだ。

―― 何年ぶりの再会でした?

どれくらいだろう…。10年くらい会っていなかったかもしれない。それにK.U.D.OがDJするのを初めて見たんだ。僕が彼に出会った頃はすでにDJを引退していたからね。だから彼のDJを見られるのは、とてもスペシャルなことだった。それに彼らのライブパフォーマンスも本当にすばらしかったよ。すごく楽しかった。

―― ロンドンでジャイルス・ピーターソンのTalkin’ Loudが誕生して、あなたのMo’ Waxが大成功し、ロンドン中にインディー・レーベルが立ち上がりました。またそれ以外にもニューヨーク、パリ、イタリア、ドイツにも様々なレーベルが立ち上がりました。そのムーブメントの中心にいたことについて、どのように感じていますか?

あの当時は夢中でその瞬間を生きていたから、よくわからなかった。今になって回想することしかできないんだ。振り返ってみると、自分がやったことを誇りに思っている。でも当時は目の前にあることをやって、その瞬間を生きていただけなんだ。あまり深く考えていなかったよ。

―― 当時を回想すると、どんな気分になりますか?

誇りにも思うし、少し悲しくもある。やはりMo’ Waxが終わってしまったのは、いろんな意味で悲しかった。でも、自分たちが成し遂げたことや自分の活動については、とても誇りに思っている。

―― その後DJシャドウやマッシヴ・アタックが登場し、世界中の音楽シーンを変えたと思います。その辺りはどう思いますか?

うーん…それよりも、その後の変化が大きかった。ビョーク、マッシヴ・アタック、UNKLE、ポーティスヘッド、DJシャドウから始まって、ザ・ストロークスやザ・ホワイト・ストライプスなど、すごくレトロなサウンドへと変わっていった。さらにデジタル化によって音楽業界も変わった。Mo’ Waxはそのせいで終わったようなものだよ。そして今は完全に違う世界になった。でも、当時はプログレッシブなサウンドからレトロになったのが大きな変化だった。その変化については、常に鬱陶しいと思っていたよ。とはいえ、自分が当時のムーブメントに参加できたことは誇りに思っている。

―― インターネットがない時代、フューチュラや3Dのグラフィティ、そしてNIGOとの音楽とファッションのミクスチャーにはとてもイマジネーションを奮い立たせられました。いまでは当たり前になったコラボレーションですが、今のシーンについてはどう思いますか?

今のシーンには、ものすごくすばらしいものもあると思うけど、その多くはマーケティングやブランディングなんだと感じる。それに多くの人はちゃんと歴史を知らないようで、それは少し悲しい。ファレルやカニエがああいったコラボレーションを始めたと思っている人も多いようだけど、それは真実ではないんだ。とにかく、今は全く違う世界だと思う。すばらしいイメージやデザイン、モノも多いけど、あまり“シーン”という感じではなくて、ソーシャルなものというよりも、ブランディングなんだと思う。スタイルであって、社会経験ではないんだよね。僕らのやっていたことは、社会経験から生まれたものだった。当時はAPEの服が欲しければ、日本に来るしかなかった。そのおかげで実際に作った人に会えて、そこからコラボレーションが生まれていった。それが今との大きな違いだよ。

―― ヴァーチャルではなく、リアルだったわけですね。

まさにね。

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ジェームス・ラヴェルが創り上げたUNKLEという世界観

―― 自身のユニット、UNKLEの壮大なスケールやアイディアの構想はどこにあったのでしょうか?聖なる杯(ホーリー・グレイル)を探すことはできたのでしょうか?

もし聖なる杯を探すことができたら、もうプロジェクトは終了しているだろう。だから、僕はまだ聖なる杯を見つけられてはいないんだ。初めてアルバムを作る時って、それまで練っていた色々なアイディアがある。だから、ファーストアルバムにはスペシャルな作品が多いんだ。

―― そもそもUNKLEのアイディアは、どうやって浮かんだのですか?

わからないな…。ただ浮かんだんだ。

―― 何歳の頃ですか?

ファーストアルバムをリリースした時は24歳だった。でも、UNKLEとして最初に曲をリリースした時は18歳だった。僕とTOSHIとK.U.D.Oでね。

―― ところで、どうしてUNKLEという名前にしたのですか?

僕はずっとオモチャを収集していて…。くだらないんだけど、ずっと頭にあった名前なんだ。はっきり言って、頭になければ良かったと思っているよ(笑)。

―― どうしてですか?

だって安っぽいし、バカみたいだからだよ。ザ・クラッシュとかザ・カルトとかの方がかっこいいだろう?(笑) UNKLEはテレビドラマ「The Man from U.N.C.L.E.」(邦題: 0011ナポレオン・ソロ)から取ったんだ。当時はDFAをやっていたティム・ゴールズワーシーと仕事をしていて、制作会社を作ることになり、UNKLE Productionという名前にしたんだ。それで最初のレコードを出す時に、「ファック、もうUNKLEでいいや!」って決めちゃったんだ。本来はバンド名は別にして、UNKLEはアンダーグラウンドの作品用のつもりだった。それがそのまま残ってしまったんだ。

―― 今は気に入っていますか?

ものすごく気に入っていない(笑)。できることなら変えたいけど、手遅れだよね。プロジェクトの歴史やブランドに価値が生まれてしまったからさ。

―― UNKLEを手がけて苦労したことなどあればお聞かせください。

そもそも、僕らはレコードの作り方を知らなかった。そして楽器も弾けなかったし、作曲の仕方も知らなかった。そういう意味では苦労したよ(笑)。

―― 何か楽器を習ったことは?

小さい頃にチェロを習っていたけど、大昔に諦めてしまった。

―― そこからどうやって?

常に苦労したよ。僕の曲の作り方は、他の人とは違うからね。僕はアンディ・ウォーホル的なプロセスで制作するんだ。打ち込みはしないし、少しは演奏するけど、たいてい他の人の演奏をコラージュして自分の作りたいものを作ってきた。それは難しい作業だったし、最高だったけど、破滅的でもあったし、問題だらけだった。あまり理解してもらえないし、喧嘩もしょっちゅう。今でこそテクノロジーが進化して、すごい速さでできるようになったけど、当時はものすごく時間がかかったんだ。

―― UNKLEを手がけたことによる達成感は?

僕らは自分たちの世代における、最も重要なエレクトロニック・ヴォーカル作品を制作することができたと自負している。業界屈指のミュージシャンやプロデューサー、エンジニアとコラボレーションできたし、音楽制作を25年も続けてきたことは誇りに思っている。

―― ジェームスは『A Bathing Ape vs Mo’Wax』などを手がけ、東京を代表するデザイナーを音楽シーンに引っ張り出し、いまや世界中が注目するようになったNIGOを世界に紹介した第1人者だと思います。また、Mo’ Wax Japanも立ち上げました。APEやNIGO、原宿の仲間達とのエピソードなどを教えてください。

話し始めたら何時間もとまらないよ(笑)。とにかく、とてもエキサイティングな時代だった。APEの日本での成功のおかげで、僕らにはクリエイティブな意味での自由が与えられた。僕らはとても若かったし、いろんなタイプの人が集まっていたんだ。僕は音楽、NIGOはファッションで、そんな僕らがコラボレートすることによって非常にオリジナルなものが生まれた。当時は僕、NIGO、カズキ、スケシン、カン、NEIGHBORHOODのシン、WTAPSのTET、ヨッピーとか、3、40人くらいでレストランを埋め尽くしていたよ。そこにフューチュラが来たり、スタッシュが来たり、SUPREMEの人がいたり、フレイザーがいたり、本当にクレイジーだった。そして僕らはコンスタントにコラボレーションを楽しんでいたんだ。とてもエキサイティングだったよ。

Mo’ Waxの近年の動きと、今後のジェームス・ラヴェルの行方

―― 2年前に行われたロンドンでのジェームスがキュレーションしたイベントはどんなものだったのか教えてください。

Meltdown」はSouthbank (Centre)で毎年行われるイベントで、ミュージシャンが全てのライブをキュレーションするという、とても重要なフェスティバルなんだ。ありがたい機会だったよ。史上最年少のキュレーターだったし、おそらく歴代のキュレーターの中で最も知名度が低かったからね。過去にはオノヨーコやモリッシー、デヴィッド・ボウイ、デヴィッド・バーン、リー・“スクラッチ”・ペリー、マッシヴ・アタック、ニック・ケイヴ…そういった人たちがキュレーターを務めてきたんだ。だから、とても名誉なことだったよ。

―― 2年前にはMo’ Waxの本も出版していますね。

はMo’Waxの21周年を祝って制作したんだ。出版にあわせてエキシビションも行って、本に載っているものを実際に展示した。

―― そして来年にはMo’ Waxの映画も公開されますよね?

Mo’ Waxではなくて、僕についてのドキュメンタリー映画だね。

―― どんな作品ですか?

実際に観てもらうしかないね。僕にとっては観るのが辛かった。先月、ロンドンの映画祭でプレミア上映されたんだけど、とてもハードコアな作品だよ。僕の人生はジェットコースターのようだからね。楽しい瞬間もあれば、辛い瞬間もある。

―― 日本でも公開されるのですか?

何らかの形でありえるんじゃないかな。配給されるかは知らないけど、映画祭で上映される可能性はあると思う。今は世界中の映画祭を回っているんだ。たぶん日本でも上映されると思うよ。

―― ジェームスは今後、どこに向かっていくのでしょうか?もうレーベルはやらないのですか?

もうレーベルはやらないと思う。曲は作るけどね。今はUNKLEの新作を手がけている。

―― 最近はロンドンや他の国々でプレイをしていますか?

世界中でプレイしているよ。

―― どんなスタイルでしょうか。Fabricのレジデンシーのようなプレイですか?会場によって内容が違ってくるのでしょうか?

自分のプロダクションやリミックスをプレイすることが多い。多幸感に溢れたサイケデリックなエレクトロニック・ミュージック、といったところだ。今はレジデンシーはやっていない。

―― また近いうちに来日してくれますよね?

UNKLEのアルバムができたら、ぜひ日本でツアーをしたいと思っているよ。


ジェームス・ラヴェルが選ぶ、名作アルバム10枚

元ジャズ・レコード店の店員であり、世界一若くて耳の良い青年と言われ、『Straight No Chaser』誌のライターだったジェームス・ラヴェルが、読者に最も勧めたいアルバム10枚を選んでくれた。

テリー・キャリアー 『What Color Is Love』

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ア・トライブ・コールド・クエスト 『The Low End Theory』

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ジェームス・ブラウン 『The Payback』

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マーヴィン・ゲイ 『What’s Going On』

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マッシヴ・アタック 『Blue Lines』

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ヤング・ディサイプルズ 『Road To Freedom』

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DJシャドウ 『Endtroducing』

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ゴールディー 『Timeless』

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ビースティ・ボーイズ 『Check Your Head』

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TYCOON TOSH 『CHINA SYNDROME GREEN HOUSE EFFECT』

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Interview by Yasushi Takayama (RUSH! PRODUCTION) / Translation by Naoko Machida / Special thanks to Kazuki Kuraishi (A.FOUR) and MAJOR FORCE

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