“ファンキー・ドラマー”こと、クライド・スタブルフィールドが逝去

February 19,2017 | Category :  News | Tag :  Clyde Stubblefield, James Brown, Prince, R.I.P.,

clydestubbledield390

ヒップホップ史上最重要のドラムブレイクを生んだ張本人として知られる名ドラマーが他界した。

ジェームス・ブラウンのドラマーとして数多くのヒット曲で演奏したクライド・スタブルフィールドが、2月18日に腎不全により亡くなったことが発表された。73歳であった。

1943年にテネシー州チャタヌーガに生まれたクライド・スタブルフィールドは、セッション・ミュージシャンとして活動を開始。オーティス・レディングのツアーバンドなどで演奏した後、ジェームス・ブラウンに見出され、1965年から71年まで彼のバンドに在籍した。もうひとりのドラマー、ジョン・ジャボ・スタークスと共にジェームス・ブラウンのファンク・スピリットを支え、ファンク・グルーヴの基盤を作り上げた。

彼は「Cold Sweat」、「Ain’t It Funky Now」、「Get Up, Get Into It, Get Involved」、「I Got the Feelin’」、「Say It Loud – I’m Black and I’m Proud」、「Sex Machine」といったジェームス・ブラウンの黄金期を代表する数々の楽曲でパワフルなドラム技術を披露した。とくに1970年に発売されたシングル「Funky Drummer」での彼のドラム演奏は、ヒップホップ世代に多大な影響を与えた。

同曲の途中の20秒程度のドラム・ブレイクは、その後パブリック・エネミーN.W.Aドクター・ドレーLLクールJランDMCビースティー・ボーイズらを始め、数え切れない程のヒップホップ・アーティストたちの楽曲で幾度となくサンプリングされ、ヒップホップ史上最も愛されるドラム・ネタと化した。

ところが、楽曲の作曲者としてクライド・スタブルフィールドがクレジットされていなかったため、サンプリング使用による印税を彼が受け取ることはほとんどなかったという。

ジェームス・ブラウンのバンド脱退後は、ウィスコンシン州マディソンに移り、ローカル・ミュージシャンらとのギグを長年続けた。97年にはソロアルバム『The Revenge of the Funky Drummer』を発表し、続いて2002年に『The Original Funky Drummer Breakbeat Album』、2003年には『The Original』をリリース。また、ジャボ・スタークスと共にファンクマスターズを結成し、1999年にはドラマー向け教材ビデオを、そして2000年代にアルバムを2枚発売した。

彼は2002年から癌を含む複数の病気を患っており、治療や手術を長年受けてきた。保険に入っていなかったため莫大の治療費を抱える事となったが、実はプリンスが9万ドルにも及ぶ治療費を代わりに払ってくれていたと、2016年4月にクライドが明かしている。

Rest In Peace Clyde Stubblefield. ご冥福をお祈りします。

Share this Article
Facebookでシェア
Twitterでシェア
コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>