名プロデューサー、デヴィッド・アクセルロッドが逝去

February 06,2017 | Category :  News | Tag :  David Axelrod,

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ドクター・ドレー「The Next Episode」など数多くのヒップホップ曲でサンプリングされた音楽家が他界した。

60年代〜70年代にCapitolなどのレーベルで仕事をしたことで知られるプロデューサー、ソングライター、アレンジャーのデヴィッド・アクセルロッドが、2月5日に83歳で死去したことが明らかになった。「フュージョン」という言葉が定着する以前にジャズやロック、R&B/ソウルを組み合わせていた、ドラマチックでファンキーな彼の音楽は、その後数多くのヒップホップ・プロデューサーたちにサンプリングされ、何世代にも渡って愛されてきた。

1933年にハリウッドで生まれたデヴィッド・アクセルロッドは、サウスセントラルでブラック・ミュージックに囲まれて育つ。1964年にCapitolの専属プロデューサー兼A&Rとして働き始めたときは、ブラック・アーティストの育成に注力するようレーベルに働きかけた。キャノンボール・アダレイルー・ロウルズデヴィッド・マッカラム、ロック・バンドのエレクトリック・プルーンズらの作品を手がけ、敏腕プロデューサーとして業界の注目を浴びるようになった後、1968年に自身の名義でアルバム『Song of Innocence』をリリース。イギリス人の詩人/画家であるウィリアム・ブレイクの作品をインスピレーション源とした同作は、スリリングなストリングスやドラマチックなホーン、ファンキーなリズム隊にサイケデリックな世界観が特徴的であり、それまでジャズ・プロデューサーとしての評価が高かったデヴィッド・アクセルロッドが、ジャズ界隈を飛び越えてカルト的人気を誇るきっかけとなった。

1969年にセカンド・アルバム『Songs of Experience』、1970年にサード・アルバム『Earth Rot』を発表したあと、Capitolを去ったデヴィッド・アクセルロッドは、その後もキャノンボール・アダレイらの仕事と平行して複数のレーベルからソロ・アルバムをリリースしたが、1975年のキャノンボール・アダレイの死を境に、彼の音楽活動はしばらくストップする。1980年に1枚アルバムを発表した以外では、80年代に目立つ活動はなかった。

90年代以降、数々のプロデューサーがデヴィッド・アクセルロッドの楽曲をサンプリングしだし、ヒップホップ・ジェネレーションによる彼の音楽の再評価が始まる。有名なところでは、「The Human Abstract」をサンプリングしたDJシャドウの「Midnight In A Perfect World」、アクセルロッドが手がけたデヴィッド・マッカラムの「The Edge」を大胆に活用したドクター・ドレの「The Next Episode」などがあるが、他にもピート・ロックビートナッツDJプレミアアーティファクツマッドリブデ・ラ・ソウルウータンクランダイアモンドDなど、数々のビートメイカーたちがデヴィッド・アクセルロッドの楽曲にインスピレーションを見出してきた。

最初はサンプリングに対して否定的であったデヴィッド・アクセルロッドだが、その後考えを改めており、2001年にMo’ Waxからリリースされたカムバック作『David Axelrod』では、DJシャドウ、ドクター・ドレー、ダイアモンドDらに捧げた曲も収録されていた。

Rest In Peace David Axelrod. ご冥福をお祈りします。

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