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Q&A with Dante Ross

By: Oliver Wang, Photo By: Beth Fladung // 10.19.04


SD 50はいつ結成することになったんですか。
基本的に俺とジョン・ギャンブルが中心となってやっていた。俺がトラックを作り、ギャンブルの担当はエンジニアだった。セダクションというグループのリミックスをやったんだけど、「Heart Beat」という曲がとても流行ってね。たぶん最初のヒット曲だったと思う。で、サード・ベースの「Pop Goes the Weasel」が最初の大ヒット曲だ。 



あなたは先にサム・セヴァーと仕事をしていました。なぜ彼とはリンクアップしなかったんですか。 
それは奴にバカにされてたからだ。サード・ベースとやってたとき、奴は俺を放ったらかしにして、ギャラも払わなかった。レコードコレクションも勝手に使われた。奴がいつも正しいことをする奴じゃないとわかったから、もう一緒にやらないって決めたんだ。

当時は、どのような機材を使っていましたか。 
SP1200とAKAI900だね。

それはその音が好きだったからですか。それとも他に機材がなかったからですか。 みんなが使っていたからだ。もともとはMMT-8というシーケンサーを使ってたんだけど。たしかダイアモンド・Dはちょっと前までそれを使ってたと思う。


プロデューサーの中では誰のことを尊敬してますか。
マーリー・マールだね。彼が手がけたものはすべて。彼はとにかくファンキーで、一番影響を受けた人なんだ。 

SP-12が好きな人にとっては特にそうですよね。
そのとおり。音をチョップし始めたのは彼が最初だと言っても過言でないと思う。


あなた自身はよくチョップするのですか。 
うん、よくするよ。特に昔はみんなドラム・プログラムじゃなくてドラム・ループばかりやってたから、俺はいつもチョップしてた。基本的にどの曲でもドラム・ループをチョップしてたって感じだね。 

そうやって完成した曲をいくつか教えてもらってもいいですか。 
「Wake Up」だね。あれはパーラメントのドラムをチョップして、ナイト・ライターズの「Tango Goo Bonk」もサンプリングした。聴けばわかるはずだ。今は昔ほどチョップだけに頼ってるわけじゃないけど、あの時はとにかく毎回してた。 


では、ストレートなループだけをやってたわけではないんですね。 
うん。そりゃすごくかっこいいループがあればそれを使わない手はないけど、そればっかりやってたわけじゃない。俺はブレイクビーツを使いすぎるのも好きじゃない。レコードをよく知ってる人、例えばDJプレミアとかはよくストレートなループをやってるけど、やるループがかっこいいからね。「All for One」ではループが使われている。俺がやったわけじゃないけど、あれはストレートなループだね。 

あなたは業界でもいろんな仕事をやってますよね。トラックを作ったり、A&Rもやったり。片方がもう一方を助けたりしますか。 
たぶん全部一緒じゃないかな。政教分離主義とか言うけどそんなの無理だし、俺はただ生れながらのハスラーなんだと思う。そうやって今まで生きてきたんだ。 

あの時期は他にどんなアーティストを手掛けてましたか。 
サード・ベースにリーダーズ・オブ・ザ・ニュースクールとグランド・プーバだろ。あとハード・2・オブテインやキュリオスともやったね。 

H2Oは消えたんですか。 
いや、消えてはないよ。だけど別にお気に入りのバンドというわけでもないよ。なんかダサかったし、ずっとそう言い続けてきたんだけどね。 

ダサいと思った彼らのアルバムをプロデュースすることになったのはなぜですか。 
彼らはMCサーチの傘下にいたからね。そういう繋がりで何曲か一緒にやったんだ。いい奴らだったけど、音楽的にはそんなによくなかった。MC気取りの奴がいたり、プーバに声が似た奴もいたな。最終的にあまり興味を持てなくてね。しかもその時まだ契約してないアーティストもいたのにH2Oのプロデュースを先にやったから、SDの間でゴタゴタになったりもしたんだ。 

その後、SDはあなたとギャンブルだけになったんですか。 
そうだね、ジーブは特に何もやってない状態だった。1度大きな口論があってね、俺は「ちゃんとやることをやってくれないとお金は渡せない。お前の名前はレコードに載せるけど、ちゃんと仕事をやらないなら、ギャラは渡せない」と言ってやった。そしたら彼が「うるさい」って言ってきたから、「もうお前とはやらない」と言ってそれで終わったね。 

誇りに思っている曲はなんですか。 
エヴァーラストの「What It’s Like」かな。あれはとても自然にできて、ほんとによくできたと思ったよ。そして自分がよくできたと思ったものが実際に売れたから尚更に嬉しかった。彼がうちのソファで曲を流して、1週間後にトラックを作って、シーケンサーを使わずにドラムをプログラムした。基本的にシーケンサーは使わなかったよ。簡単なループを使ってすぐにできた。たしかデモではギャンブルがベースを弾いてたと思う。あれができたのは昼すぎぐらいだったんだけど、これはいいやつができて、絶対売れると思ったら、ほんとに大ヒットした。あの時ほどオーディエンスに自分の偉大さを認めさせたと実感したことはないね。 

SD 50とはどういう意味かを聞いておかないといけませんでした。 
SDは「Stimulated Dummies」のイニシャルで、50は俺たちのスタジオの番号なんだ。バスタ・ライムズがつけてくれた。 

全部彼が考えた名前なんですか。 
いや彼は俺たちのことを「Stimulated Dummies」と呼んでいて、俺がそこに50を足して、SD 50となった。 

なぜ「Stimulated Dummies」と呼ばれていたのですか。 
それは俺たちがウィードを吸っていたからだよ。

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