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Wax Poetics Japan
Musical Merlin
Dan the Automatorby David Ma

アンダー・グラウンドで活躍していたアーティストがメジャー・デビューした途端にこけるという現象は稀ではないが、ダン・ジ・オートメーターはそのような逆境を逆手に取ってきた。ドクター・オクタゴン、ア・ベター・トゥモロー、デルトロン3030、ゴリラズや数々のリミックス・ワークなどのプロジェクトの黒幕として、ダン・ジ・オートメーターは名盤のプロデュースに関して、辛抱強く、とても頑固である。
プロデューサーとしてダン・ナカムラが一緒にやってきたアーティスト達と仕事ができるレベルの人はそうはいない。さらに彼を鬼才とならしめている要素として、共同制作者の可能性を12分に引き出し、作品のクオリティを高く維持しているところが挙げられる。素人のDJからスタートし、クール・キース、グランド・プーバ、デル、レザなどの有名ラッパーへの楽曲提供、DJシャドウやプリンス・ポールとの共同プロデュースなど、その活動は多岐にわたる。彼の多才さは、コーナーショップ、エアー、インエクセス、デペッシュ・モード、さらにはチャーリー・パーカーのリミックス・ワークを聴けばわかる。オートメーターは、3歳でヴァイオリンを弾き始めてから、世界基準の音楽プロデューサーになるまでを、MCAからの脱落、ソウルサイズの友達との思い出、彼の名作についての裏話などと共に、ワックス・ポエティックスに話してくれた。
どのような音楽を聴いて育ったのですか?
いろいろだね。そうとう小さいころから両親にヴァイオリンを習わされてたから、クラシックはいつも聴いてた。西海岸に住んでいたから、ラップを聴き始めたのはラップが流行りだしてちょっとしてからだね。東海岸のラップは少し遅れて入ってきたんだ。ヒップホップでいうと、マントロニクス、ダグ・E・フレッシュ、ブギー・ダウン・プロダクションズを聴いていた。
ではクラシックを弾けるのですね。
そうだな。作曲やDJをやる前に、ヴァイオリンから入ったからね。
DJからプロデューサーに移ったのはなぜですか?
若い時、高校に入ってDJを始める前までは、プロデューサーが何なのかすら知らなかったよ。あの頃はみんなそれを目指してて、その中の1人はずっと親友なんだけどね。それがDJ キューバートだよ。まあDJのおかげで音楽を真剣に考え始めたというのは間違いないね。ヒップホップはずっと好きで、DJはその一部だろ。ターンテーブルで遊び始めてから何年かすると、自分で作曲したくなってきたんだ。その時にドラム・マシンを買ったのがすべての始まりかな。
楽器はいくつぐらい弾けるのですか?
実はうまくプレイできるものは1つもないんだ(笑)。ヴァイオリン、キーボード、ベースは一応弾ける。基本的に1セクション弾いてチョップするって感じなんだ。僕のレコードのストリングス・アレンジは、ほとんどの場合ヴァイオリンとキーボードをタイでつないで演奏している。
あなたがソウルサイズと早くから関わっていたことを知る人は多くありませんが、どのような経緯で関わることになったのですか?
全部MCAのラジオ担当者のおかげなんだ。僕の友達でもあるんだけど。彼が、サンフランシスコからは90マイルほど離れたデーヴィスっていうところでいい仕事をしている奴らがいるってことを教えてくれてね。で、偶然その日彼らと夕食を食べることになったんだ。なぜ覚えてるか分からないけど、あの日はピザを食べた。そこでシャドウが「あなたはオートメーターという人じゃないですか?」とか言ってきたから、「はは。そうだよ」と答えた。そして音楽について一緒に語って、最終的にはスタジオを使わせてやることになったんだ。スタジオはそんなにたいしたものじゃなかったけど、そこで一緒にやるようになってみんな成長したよ。ソウルサイズの奴らとはこんな感じで知り合ったね。
ソウルサイズのレコードには、どの程度で関わっていたのですか?
クリエイティヴィティの面ではジョッシュ(DJ シャドウ)が活躍した。僕はプロデュース面では何もやってないけど、プログラムしてミックスして助言を与えたって感じかな。ブラッカリシャスの『The Melodica EP』は僕がほとんどプログラムしたから、今考えると共同プロデュースってことになるかもね。あの頃は誰が何をしたかなんて関係なくて、とにかくお互い助け合ってやっていたんだ。
DJシャドウはその頃からプロデュースをしていましたか?
彼は機材を持ってなかったからね。その頃はターンテーブルを使っていて、プログラミングに手を出し始めていた。しかしその頃から彼の耳はよかったよ。ジョッシュとはもう知り合って長いけど、ブリトーを買いに行くのも仕事も同じで、仕事って言うよりかは遊びみたいだった。最高のやつでプログラマーとしても一流だった。
『Bombay the Hard Way: Guns, Cars and Sitars』ではシャドウと一緒に仕事しましたね。どうでしたか?
さっきも言ったように仕事って感じじゃなかったよ。2人でシャ・ブラザーズのレコードを掘ってそれを使った。すごくスムーズに進んだよ。そのレコードは人によって好き嫌いが分かれるけど楽しくやれたし、やった価値もあったと思う。
あなたは音楽の好みの幅はもとから広かったのですか? それともどんどん広くなっていったのですか?
僕は音楽自体が好きなんだ。今のヒップ・ホッパーたちと私との違いは、僕はどんな音楽でも聴くというところだ。視野が広いとも言えるかな。自分が特別だと言っているわけじゃないけど、僕のレコードを聴けばわかると思う。ビート・ディギングにしてもよく人が知らないようなものを見つけるんだ。まあ昔から変なものやクラシックも好きなんだけど。マイケル・ジャクソンも好きだしアース・ウィンド・アンド・ファイアーも聴く。古いジャズもね。いろいろんな作品からアイデアをもらったよ。そう考えると、もとから音楽の好みの幅は広かったかな。
ヒップホップ以外のアーティストでは誰が好きですか?
ビョークの最初の3作は大好きだよ。プリンスも最高だ。あとローリング・ストーンズ、ビーチ・ボーイズ、マッシヴ・アタック、セルジュ・ゲンスブール、ブラー、多すぎて全部は挙げられないよ。さっきも言ったように変わったやつからクラシックまでなんでも聴くよ。いつも楽しめる音楽を探してる。
みんなドクター・オクタゴンのレコードは変わっていると言いますが、それについてはどう思いますか?
知っている人も多いと思うけど、A&Rの担当者が最悪だったんだ。その時はMCAでやってたんだけど、彼らが待たせて待たせて、結局キースは自分で『Sex Style』を出すことになった。その後に彼が僕のところに来て、ドクター・オクタゴンのアイデアを話してくれたから、やろうってことになった。その時の僕はなんでも来いっていう感じだったから、A&Rとかラジオとかどうでもいいから自分たちでやろうぜって言って、結果的にあの作品ができたんだ。
クール・キースのどこが気に入ったんですか?
ウルトラマグネティック・MC’sはもとから好きだったんだ。あの頃、彼らはまだ正当な評価を受けてなかった。オフ・ビートでラップするスタイルは今ではすごくポピュラーだけど、あれはクール・キースが最初に始めたんだ。あと彼らはブギー・ダウン・プロダクションズとも関わりが深くて、彼らの作品をプログラムしたりしてたから、そういう点でもキースのことはずっとファンだよ。彼に影響を受けたアーティストは今でもたくさんいると思う。
プリンス・ポールとはその頃に出会ったのですね?
うん。ポールとは「Blue Flower」の12インチ・リミックスをやることになった。オクタゴンは全然売れなかったけど、ライターとかいろんな人に配ったりしたから、少し噂にはなったんだ。で、スキッズ・フェルナンドっていうライターがいたんだけど、その人はワード・サウンドっていうレーベルを持っていて、その人がポールにオクタゴンのカセットを渡したんだ。それでポールが気に入って僕に電話してきた。ポールは僕のアイドルだったから、びっくりしたよ。なんていっても『3 Feet High』の黒幕ということで、とても尊敬してたからね。
すぐに気が合いましたか?
うん。結果的に言うとそうだね。音楽の価値観が似てたんだ。ポールは僕よりもっとヒップホップ寄りで、僕はロックやクラシック寄りだったけど。そういうちょっとした違いはあったけど、音楽の感じ方が同じで、僕によく似てたよ。経験値は僕より上だったけどね。ポールの経歴を見てみるとすごいだろ?彼の音楽は今でもみんなが参考にしてるぐらいだ。
ハンサム・ボーイのレコードは全部楽しんで作っていると感じました。実際そうでしたか?
そのとおりだね。ほんとに楽しかったよ。僕とポールとその友達と一緒に集まって制作した。どっちのアルバムも制作中はドンチャン騒ぎだった。あとポールと僕は笑いのツボも一緒でね。あれはお祭りみたいで仕事って感じじゃなかったな。
他にあなたがよく共演しているアーティストと言えばデルですが、ラッパーとして彼のことはどう思いますか?
デルは親友だよ。ソウルサイズとデルと私は地元が一緒でベイ・エリアだからね。デルは最高のMCだと思うよ。他のラッパーたちを彼より下だと言ってるわけじゃないけど、彼は正当な評価を得ていないと思う。「Sleeping on my Couch」と「Catch a Bad One」は93年ぐらいにやって、少し経って2001年から2002年にかけては「Clint Eastwood」をやったんだけど、デルの実力は全然衰えてなかった。LL Cool Jを例にとってみても、彼は1985年に出てきただろう? だけど1990年頃にはみんな興味が薄れてきていた。彼のスキルや曲をどうこう言ってるわけじゃなくて、デルほど才能があって持続するやつはそうはいないってことさ。
デルトン3030は評判が良かったですが、次回作はいつ頃になりそうですか?
実は今制作中だよ。
デルやクール・キースなどのラッパーと一緒に仕事するのはどんな感じですか? マイク・パトンなどのヴォーカリストの仕事とはやはり違いますか? また、ラヴェッジの『Music to Make Love to Your Old Lady By』の話を聞かせてください。
ラヴェッジのプロジェクトはずっとやりたいと思ってたんだ。自分の他の作品にはないメロウでロマンティックなビートを作ってみたいと思ってた。さらに風変わりで、ちょいワルでかっこいいスロー・ビートをね。やってるうちにマイクとはすごく仲良くなった。彼の集中力はすごくて、たいていのレコードはできたとこまでで完成って感じなんだけど、彼の作品は最初から完成形が決まってる。デルやクール・キースとやった曲は、計画通りの物もあれば、行き当たりばったりだったのもある。
他にあなたがよく共演しているアーティストと言えばデルですが、ラッパーとして彼のことはどう思いますか?
デルは親友だよ。ソウルサイズとデルと私は地元が一緒でベイ・エリアだからね。デルは最高のMCだと思うよ。他のラッパーたちを彼より下だと言ってるわけじゃないけど、彼は正当な評価を得ていないと思う。「Sleeping on my Couch」と「Catch a Bad One」は93年ぐらいにやって、少し経って2001年から2002年にかけては「Clint Eastwood」をやったんだけど、デルの実力は全然衰えてなかった。LL Cool Jを例にとってみても、彼は1985年に出てきただろう? だけど1990年頃にはみんな興味が薄れてきていた。彼のスキルや曲をどうこう言ってるわけじゃなくて、デルほど才能があって持続するやつはそうはいないってことさ。
デルトン3030は評判が良かったですが、次回作はいつ頃になりそうですか?
実は今制作中だよ。
デルやクール・キースなどのラッパーと一緒に仕事するのはどんな感じですか? マイク・パトンなどのヴォーカリストの仕事とはやはり違いますか? また、ラヴェッジの『Music to Make Love to Your Old Lady By』の話を聞かせてください。
ラヴェッジのプロジェクトはずっとやりたいと思ってたんだ。自分の他の作品にはないメロウでロマンティックなビートを作ってみたいと思ってた。さらに風変わりで、ちょいワルでかっこいいスロー・ビートをね。やってるうちにマイクとはすごく仲良くなった。彼の集中力はすごくて、たいていのレコードはできたとこまでで完成って感じなんだけど、彼の作品は最初から完成形が決まってる。デルやクール・キースとやった曲は、計画通りの物もあれば、行き当たりばったりだったのもある。
パトンの他にもデイモン・アルバーンのような著名シンガーと仕事をしています。ゴリラズとはどのようにして共演することになったのですか?
信じられないかもしれないけど、デイモンはイギリスの方ではスーパー・ロック・スターなんだ。僕がヨーロッパに行った時、デイモンから電話が掛ってきて、彼がその時やっていたカートゥーン・プロジェクトについて話してくれた。そして実際に会って現物をチェックしたんだ。ヨーロッパと言えば、僕はコーナーショップのリミックスを手掛けたりしたこともあった。向こうで自分が有名だったとは言わないけど、少しぐらいはチャートに影響を与えていたと思う。それで、彼がこのゴリラズのプロジェクトを一緒にやってみないかって誘ってきたから引き受けた。そして、デル、チボ・マット、キッド・コアラなど僕の友達にも声を掛けて、この計画がスタートした。とても趣が変わっていて楽しくやれたよ。
キッド・コアラと言えば、彼とキューバートで何か違う点はありますか?
難しい質問だね。たくさんありすぎて。1つ言えるのは、キューバートは世界一のDJだ。技術面で彼に勝てるやつはいないよ。もしもスクラッチの大会などがあったら彼を連れていけば負けることはない。彼とは中2の頃から知り合いでオクタゴンの時にも参加してもらった。そしてコアラはと言うと、彼はユニークなんだ。最近やっと世間が彼のスタイルに追いついてきた。音楽的センスが抜群なんだ。キューバートは技術面が優れていて、コアラは音楽的な面が優れている。彼は他の誰よりも音の作り方がうまいんだ。いろんなDJを見てきたけど、アクロバティックなプレイではコアラが1番だ。音楽的なことを考えるとコアラと1番仕事したいかな。それほどうまい。
あなたはまだDJを続けていますか?
信じられないかもしれないけど、デイモンはイギリスの方ではスーパー・ロック・スターなんだ。僕がヨーロッパに行った時、デイモンから電話が掛ってきて、彼がその時やっていたカートゥーン・プロジェクトについて話してくれた。そして実際に会って現物をチェックしたんだ。ヨーロッパと言えば、僕はコーナーショップのリミックスを手掛けたりしたこともあった。向こうで自分が有名だったとは言わないけど、少しぐらいはチャートに影響を与えていたと思う。それで、彼がこのゴリラズのプロジェクトを一緒にやってみないかって誘ってきたから引き受けた。そして、デル、チボ・マット、キッド・コアラなど僕の友達にも声を掛けて、この計画がスタートした。とても趣が変わっていて楽しくやれたよ。
キッド・コアラと言えば、彼とキューバートで何か違う点はありますか?
難しい質問だね。たくさんありすぎて。1つ言えるのは、キューバートは世界一のDJだ。技術面で彼に勝てるやつはいないよ。もしもスクラッチの大会などがあったら彼を連れていけば負けることはない。彼とは中2の頃から知り合いでオクタゴンの時にも参加してもらった。そしてコアラはと言うと、彼はユニークなんだ。最近やっと世間が彼のスタイルに追いついてきた。音楽的センスが抜群なんだ。キューバートは技術面が優れていて、コアラは音楽的な面が優れている。彼は他の誰よりも音の作り方がうまいんだ。いろんなDJを見てきたけど、アクロバティックなプレイではコアラが1番だ。音楽的なことを考えるとコアラと1番仕事したいかな。それほどうまい。
あなたはまだDJを続けていますか?
たまにね。カットとかスクラッチとか基本的なことはできる。パーティを盛り上げるぐらいなら問題ないよ。時間がないから前みたいにはできないけどね。だって本当のDJっていうのは1日中やってるだろ? あと、キューバートとかコアラとかを見てしまうと、自分では一生勝てないよ(笑)。
好きなヒップホップのアルバムを2つ挙げるとすると?
マントロニクスの『Music Madness』と、ブギー・ダウン・プロダクションズの『Criminal Minded』だね。
今現在あなたはまだ成長し続けてますか? それとも欲しい時に欲しい音を作れるぐらい洗練されていると思いますか。
どっちもだね。始めたころはベストを尽くそうと思うだろ?で、ちょっとうまくなると調子に乗る。さらに大人になると、自分はまだ何も知らないなと思うようになる。スタジオに入る時はいつも、何をやればいいのか分かっているけど、いつでも成長する機会は存在してるよ。
ベック、ジョン・スペンサー、ミックス・マスター・マイク、チボ・マットなど、あなたはいろんな作品のリミックスを手掛けていますね。あなたのリミックスに対する考え方を教えてください。
自分が好きな曲に関しては、その曲を台無しにしないようにベストを尽くすよ(笑)。リミックスを作る時は1回ばらばらにして、また作り上げる感じかな。新しいテイストを加えながらも、原曲の魅力は残すようにしてる。
あなたがやった全プロジェクトの中で、最も完璧にできたものはどれですか。また、スムーズにできたものはどれですか?
正直に言って、ポールとはいつも楽しく仕事できた。彼がいると心強かった。彼みたいなやつが一緒にやってくれるっていうだけで、プレッシャーから解放されたよ。しかも彼は面白かったから、楽しくないはずはないよ。他の例としてデル挙げてみると、彼も最高のやつだった。彼が思いつくコンセプトや歌詞はすばらしくて、セッションではいつも何か新しいものが生まれた。僕が言いたいことは、デルとポールとの仕事はいつもすばらしい化学反応が起きて、やりやすかったということだ。
いろんな人とコラボレーションをしてきましたが、ベター・トゥモローみたいにあなたのソロ・プロジェクトの可能性は?
もうすでに1個やってるよ。MCAと仕事をすることになったのはアンラッキーだったけど、ソロ契約を交わした。だけどレーベルのオーナーがどうしようもないやつでダメになってね。まあまあの出来だったけどちょっと古臭かったかな。すごいゲストとかサプライズも用意してたんだけどね。基本はできていたけど、今やるならもう少し手を加えないといけないかもしれない。いつか出ること期待していてくれ。
MCAとか他のレーベルともいろいろトラブルがあったみたいですね。もし昔に戻って音楽業界にアドバイスをできるとしたら、どういうことを言いたいですか?
業界サイドに深入りするな。難しいけどね。セルアウトなんてしちゃいけない。売り込んでいかないといけないけど、自分を見失うことだけはやっちゃいけない。何か起こるのを待つんじゃない。それは実際に体験してみるとわかる。レーベルがすべてじゃなんだから、自分を変えずに我慢強くがんばれ。
デルトン3030でデルはあなたのことを音楽のマーリンと呼んでますね。あなたは控えめな人ですが、ドクター・オクタゴンの成功でどんな影響を受けましたか?
音楽のマーリン(笑)。ただただ感謝だよ。
あなたのファンや他のアーティストはあなたの作品を重宝していますから、謙遜しなくて大丈夫ですよ。
僕は一生懸命働くんだ。たぶん音楽のマーリンっていうのもそこからつけたんだろう(笑)。だけどほんとにオクタゴン、デルトン、ラヴェッジ、ベター・トゥモロー、あとハンサム・ボーイも全部自分たちでやったからね。ほんとにきつい時もあったよ。だけど自分たちでやったぶん細部までこだわれたとも思う。振り返ってみると、友達と一緒に仕事できたし、その途中でできた友達もたくさんいる。楽しくできたというのも事実だ。これ以上恵まれたことはないよ。だって、最高のラッパー、DJ、プログラマー、プロデューサーたちと仕事できたんだよ。音楽のマーリンって名前は光栄だけど、やっぱり運が良かったんだよね。
好きなヒップホップのアルバムを2つ挙げるとすると?
マントロニクスの『Music Madness』と、ブギー・ダウン・プロダクションズの『Criminal Minded』だね。
今現在あなたはまだ成長し続けてますか? それとも欲しい時に欲しい音を作れるぐらい洗練されていると思いますか。
どっちもだね。始めたころはベストを尽くそうと思うだろ?で、ちょっとうまくなると調子に乗る。さらに大人になると、自分はまだ何も知らないなと思うようになる。スタジオに入る時はいつも、何をやればいいのか分かっているけど、いつでも成長する機会は存在してるよ。
ベック、ジョン・スペンサー、ミックス・マスター・マイク、チボ・マットなど、あなたはいろんな作品のリミックスを手掛けていますね。あなたのリミックスに対する考え方を教えてください。
自分が好きな曲に関しては、その曲を台無しにしないようにベストを尽くすよ(笑)。リミックスを作る時は1回ばらばらにして、また作り上げる感じかな。新しいテイストを加えながらも、原曲の魅力は残すようにしてる。
あなたがやった全プロジェクトの中で、最も完璧にできたものはどれですか。また、スムーズにできたものはどれですか?
正直に言って、ポールとはいつも楽しく仕事できた。彼がいると心強かった。彼みたいなやつが一緒にやってくれるっていうだけで、プレッシャーから解放されたよ。しかも彼は面白かったから、楽しくないはずはないよ。他の例としてデル挙げてみると、彼も最高のやつだった。彼が思いつくコンセプトや歌詞はすばらしくて、セッションではいつも何か新しいものが生まれた。僕が言いたいことは、デルとポールとの仕事はいつもすばらしい化学反応が起きて、やりやすかったということだ。
いろんな人とコラボレーションをしてきましたが、ベター・トゥモローみたいにあなたのソロ・プロジェクトの可能性は?
もうすでに1個やってるよ。MCAと仕事をすることになったのはアンラッキーだったけど、ソロ契約を交わした。だけどレーベルのオーナーがどうしようもないやつでダメになってね。まあまあの出来だったけどちょっと古臭かったかな。すごいゲストとかサプライズも用意してたんだけどね。基本はできていたけど、今やるならもう少し手を加えないといけないかもしれない。いつか出ること期待していてくれ。
MCAとか他のレーベルともいろいろトラブルがあったみたいですね。もし昔に戻って音楽業界にアドバイスをできるとしたら、どういうことを言いたいですか?
業界サイドに深入りするな。難しいけどね。セルアウトなんてしちゃいけない。売り込んでいかないといけないけど、自分を見失うことだけはやっちゃいけない。何か起こるのを待つんじゃない。それは実際に体験してみるとわかる。レーベルがすべてじゃなんだから、自分を変えずに我慢強くがんばれ。
デルトン3030でデルはあなたのことを音楽のマーリンと呼んでますね。あなたは控えめな人ですが、ドクター・オクタゴンの成功でどんな影響を受けましたか?
音楽のマーリン(笑)。ただただ感謝だよ。
あなたのファンや他のアーティストはあなたの作品を重宝していますから、謙遜しなくて大丈夫ですよ。
僕は一生懸命働くんだ。たぶん音楽のマーリンっていうのもそこからつけたんだろう(笑)。だけどほんとにオクタゴン、デルトン、ラヴェッジ、ベター・トゥモロー、あとハンサム・ボーイも全部自分たちでやったからね。ほんとにきつい時もあったよ。だけど自分たちでやったぶん細部までこだわれたとも思う。振り返ってみると、友達と一緒に仕事できたし、その途中でできた友達もたくさんいる。楽しくできたというのも事実だ。これ以上恵まれたことはないよ。だって、最高のラッパー、DJ、プログラマー、プロデューサーたちと仕事できたんだよ。音楽のマーリンって名前は光栄だけど、やっぱり運が良かったんだよね。







