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To Pimp a Butterfly

Artist : Kendrick Lamar  | Label : Aftermath/Interscope  | Release Date : 2015/3/16

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これほど野心的で、文学的で、混沌としたアルバムがメジャーレーベルから出ていること自体が驚きだが、何より、売れているという事実が嬉しくてたまらない。結局、戦略だったのかレーベル側のミスだったのかはよく解らないが、発売日の約1週間前にiTunesでサプライズ・リリースされたケンドリック・ラマーのニューアルバムは、US Billboard 200にて初登場1位を獲得し、2位に留まった前作『good kid, m.A.A.d city』の販売数を大きく上回った。このレビューを書いている途中に国内盤のリリース(5/20)がアナウンスされたが、iTunesで購入した人も是非国内盤の歌詞対訳を読んで欲しい。このアルバムを通して詩人ケンドリックが伝えようとしていることをしっかり噛み締めてこそ、このアルバムの真の魅力が味わえるからだ。

とはいっても僕は黒人ではないし、ゲットーで育ってもいない。英語は解るものの、彼の言葉を果たしてどこまで理解しているのかは本当のところ解らない。アメリカで黒人として生きる上で日々直面する苦悩、理不尽、ジレンマを一生理解することはおそらく無いだろう。富と名声に伴うプレッシャーや、鬱病からくる自己嫌悪で押しつぶされそうになる恐怖も、想像するしかない。しかし、彼がこの16曲で曝け出しているそういった怒り、哀しみ、絶望は同じ人間として痛い程伝わってくる。そして彼が提示する悦びや希望、力強さに勇気をもらう。彼の思慮深さ、脆さ、人間味に心打たれ、彼の才能にただただひれ伏す。

『To Pimp A Butterfly』はそんな、現代社会と人の心に巣食う闇を暴き、生きる活力を見出す強さに溢れた啓蒙的な作品だが、音楽アルバムである限りどんなにリリック面が優れていても音楽的に面白くないと意味が無い。その点に関しては、アルバムのクレジットに目を通せばその心配はないことが解る。プロデューサーにはTop Dawg Entertainmentのお抱えプロデューサー、サウンウェイヴを筆頭に、テラス・マーティン、フライング・ロータス、ラーキ、ボーイ・ワンダ、ファレル、Stones Throw所属のノレッジといった名前が並び、演奏にはロバート・グラスパー、サンダーキャット、カマシ・ワシントンなど気鋭ジャズ・ミュージシャンたちが参加しており、ソニームーンのアンナ・ワイズ、ビラル、サーラーのタズ・アーノルド、ジェイムズ・フォーントルロイらがヴォーカル、ソングライティングで複数曲にクレジットされている。それだけでも十分に素晴らしい内容が約束されているが、加えてドクター・ドレ、ジョージ・クリントン、ピート・ロック、ロン・アイズレー、スヌープ・ドッグといった大御所が要所に登場するのも嬉しい。しかも、彼らはあくまで曲のイントロやサビ・パートに多少の彩りを添える程度の控えめな活躍をし、主役のスポットライトを奪うようなことはしない。どんなにレジェンドであろうと、これはあくまで自分のストーリーなのだとケンドリックが主張をしているかのようだ。

前作『good kid, m.A.A.d city』はどちらかというと現行のヒップホップの潮流に沿ったサウンドが主軸であったが、今作はファンク、ソウル、ジャズ、スポークンワードなどの要素を詰め込んでおり、米国黒人音楽の歴史を一枚に凝縮したような音楽性を擁している。インタビューによると、パーラメントやマイルス・デイヴィスを聴いてインスピレーションを得ていたようだ。その多彩な音楽性に支えられ、ケンドリックは様々な声色やフロウを巧みに使い分け、母親、友人、アメリカ社会、あるいは神など、多重人格者のように様々な視点から多角的に物語を綴る。そのメッセージはときに直接的で、ときに比喩表現に埋もれているが、その鋭利な言葉は常に耳に、心に残る。

冒頭を飾る妖しいファンク「Wesley’s Theory」では、物質主義に溺れるブラック・アーティスト像を描き、ダークなGファンク・バウンス「King Kunta」では自身が王座に就いたことを宣言し、ネオソウル・ブギーな「These Walls」では“壁”というメタファーを用いて、依存する女性や刑務所にいる男性の精神状態を描写する。同作で最も陰鬱な「u」は、自己愛と誇りを歌ったシングル「i」の対極に位置する曲であり、サックスが虚しく響く暗黒のジャズをバックに、鏡に映る自分に対して憎悪をぶちまける。ジャジーに浮遊する「For Sale?」では悪魔のささやきを払いのけ、「How Much A Dollar Cost」では、1ドルを乞うホームレスを見捨てたことで、神のジャッジメントを受ける。ラプソディーがラップで参加した、ポジティブなヴァイブスに溢れる「Complexion (A Zulu Love)」では、肌の色の違いに意味はないことを歌い、シングルリリースされたパワフルな「The Blacker The Berry」では人種差別主義を批判しながらも、同時に、黒人が犯す矛盾を辛辣に指摘する。そしてメロウでソウルフルな「You Ain’t Gotta Lie (Momma Said)」では、虚勢を張らずに素直に生きていいのだと包容する。

また、リリックの中だけでなくアルバムの随所に施されたドラマチックな演出が、アルバムを通して訴えかけているテーマをより強固なものにしている。「i」はシングル版とは違い、臨場感溢れるライブ版が収録されているが、観客席で喧嘩が勃発し曲が中断してしまう。するとケンドリックはアカペラでラップをし、仲間内の争いをやめて一致団結すべきだと聴衆に呼びかける。アルバムを通して、曲の合間に詩の朗読があるが、これはアルバムが進むにつれ少しずつ続きが明かされ、次に来る曲へと繋がり、最後に詩の全貌が明らかになるという仕組みになっている。フィナーレ「Mortal Man」の前半では、フェラ・クティの「I No Get Eye For Back」のヒューストン・パーソンによるカバーをサンプリングした叙情的なトラックの上で、ケンドリックがリスナーに「いつまでもファンでいてくれるか?」と問いかけるが、同作で最も鮮烈な瞬間はこの後半である。それは、1994年の故2パックのインタビュー音声を編集することで実現した、ケンドリックと2パックの疑似対話。ケンドリックは、敬愛する先輩と時空を超えて会話をすることで、ラップスターとしての地位と影響力に伴うプレッシャーや不安を拭い、次世代のリーダーとしての使命感と向き合おうとしているようだ。最初に聴いたときはこのアルバムの終わり方に鳥肌が立ち、しばらく放心状態から抜けられないでいた。

貧困と暴力とドラッグにまみれた1970年代のニューヨークのゲットーでヒップホップ・カルチャーが誕生したように、苦しみや困窮は幾度となく美しく力強いアートを生み出してきた。それは特にブラック・アートに言えることであり、このアルバムもまたそのうちのひとつ。このアルバムが今後のアメリカのメインストリームにどういった変化をもたらすのか、今から楽しみでしょうがない。

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