ア・トライブ・コールド・クエストとは何者なのか?

May 02,2016 | Category :  Article | Tag :  A Tribe Called Quest,

A-Tribe-Called-Quest-1989

Who is A Tribe Called Quest?

伝説のヒップホップ・グループ、ATCQの功績を改めて考察

ア・トライブ・コールド・クエストについて書こうとした途端に思い浮かんだのは、1993年の3作目のアルバム『Midnight Marauders』からの先行シングル「Award Tour」のQティップの次のラインだ。

“Who can drop it on the angle, acute at that / So do that, do that, do do that that that”

正直、これは日本語に訳しただけでは、さほど驚きはないだろう。

ただし、実際に曲を聴いてみれば、Qティップ自作のシンコペしたビートと共に“do that, do that, do do that that that”の部分が強く印象に残るはず。この直前のラインは、斜めを意味する“on the angle”に“acute”が続くことで「三角形の角のような鋭い正確さで言葉を吐くのは誰だ」となっている。が、その直後で急にドゥダッ……と、意味のない音を歌うヴォカリーズ(スキャト)にシフトさせつつも、同時にそこに「やってやる、やってみろ(do that, do that)」との意味ものせ、その先も、Qティップ以外のファイフとアリ(・シャヒード)のふたりのメンバーもまじえて“do that, do that, do do that that that”と、三人が自分以外のふたりに向かって言うように二回繰り返す。

つまり、ここでは、ビートに基づいてライムが導き出されているだけでなく、音の一要素と化したはずの言葉さえ意味(メッセージ)を担っているのだ。まるで、4作目のアルバム・タイトルが『Beats, Rhymes and Life』となることが予見されているかのようである。

ATCQがアルバム作りを通して行ってきた挑戦

こうした、いわば実験的な試みは、1990年のデビュー・アルバム『People’s Instinctive Travels and the Paths of Rhythm』からの先行シングル「Bonita Applebum」にも見られる。この曲では、敢えて言葉をのせない拍(休止符)を多用することで、ラップっぽく聴こえない、歌のように口ずさみやすいフロウが聴かれる。これも“お尻の大きなカワイコちゃん”への想い(愛)をいかに表現したら一番良いのかと考えた結果なのだろう。トライブのクエスト(探求)は、他にもある。

タイトルに“お尻の大きな”という含みもある1991年の2作目『The Low End Theory』からは、当時一世を風靡していたパブリック・エネミー(PE)の諸作を乗り越えようという意志が感じられる。PEのプロデュース・チーム、ボム・スクワッドのサウンドは、雑多な音要素をサンプルし、一聴したイメージでは荒々しさが感じ取れるものの、実際には、織り方は複雑だけれど、手触りは一様な織物のような仕上がりとなっている。それに対して、Qティップは、表題通り“重低音を敢えて歪に強調する考え方”に基づいたサウンドを構築することで、PEの先にあるサウンドを狙ったのだろう。

このPEやランDMC(トライブは、彼らのコール&レスポンスのスタイルさえ更新した!)やビースティー・ボーイズなど先行するアーティストたちが、例えば、サンプリング源としてアンプで増幅されたギターやベースの音、あるいはロックやファンクを嗜好したのに対して、トライブが、アコースティック・ギターやウッド・ベース、あるいはジャズを好んで使ったのも、無意識の産物というわけではないはずだ。90年代の半ば頃まで、トライブやデ・ラ・ソウルなどに対して、大文字で“ニュースクールの”という形容詞が固有名詞のようについてまわった時も、本来なら、印象論ではなく、このあたりの具体的なブレイクスルーを考えねばならなかったのかもしれない。

ア・トライブ・コールド・クエストの実像とは

この“ニュースクール”以上に、トライブについて語るとき欠かせないとされてきたのが“ネイティヴ・タン”という彼らに近しい連中の総称だ。ところが、2015年のデ・ラ・ソウルのデイヴの発言によれば、周囲がやたらとネイティヴ・タンだと盛り上がっていただけで、1989年にジャングル・ブラザーズとデ・ラとトライブの三者が意気投合して、すぐさま揃って「Buddy」をレコーディングした、その時の連携以上のものではない、というし、自分たちが真の友情で結ばれていたことは事実だが、音楽的な特色については疑問すら投げかけている。

これまで、このネイティヴ・タンのメンバーの共通認識のひとつとして、アフロセントリズムが挙げられるのが常だった。ただ、黒人の始源に目を向けさせる考え方は、トライブのデビュー以前に、ファイヴ・パーセンターズが啓蒙していて、その直接的な影響下にあったラキムやPEのほうが、概してネイティヴ・タンよりも、より強固に曲に反映させていたのも事実だ(ちなみに、Qティップは1994年になってからイスラム教スンニ派に改宗)。

結局、ア・トライブ・コールド・クエストの実像は、少なくとも、そういった周囲の与えた形容とはやや別のところにあったのかもしれない。ただ、そんな中で一貫して試みられていたのは、愛(それも多岐にわたり、エロく脱線したり、時に暴力事件にもつながったディス曲も定期的に作られ、憎しみのほうにまで振れた)とビートとライムの多種多様な一体化だったはずだ。そう考えると、4作目『Beats, Rhymes and Life』からは、自作のビートに、人間的な誤差を残すことを、ある種の美徳と感じていた(はずの)ジェイ・ディーが制作陣に加わり、その発展形である1998年のラスト・アルバムが『The Love Movement』と名付けられたのは、あまりにも出来過ぎた話のようではあるが。

Words by Masaaki Kobayashi

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