ENDLESS BEATDOWN

September 11,2012 | Category :  News | Tag :  

時代が求めた新鋭

Pigeondust

by Takahito Kohno

Photo by KEITA SUZUKI (PLOT. lv04).

 音楽を愛する両親のもと、1987年に香川に生まれ、中学2年の頃から現在まで千葉県内に住むPigeondust。まだ若いが、その音楽作りのキャリアは驚くほど長い。

 「初めて曲を作ったのは小学生の頃。それまでは親に聴かされるロックやソウルも素直に好きだったけど、舐め終わったキャンディの棒をいつまでも噛み続けるのに飽きて。その頃はジャングルとかテクノが流行っていたから、自分からよく聴いてましたね。家にパソコン(MS-DOS)があったから、なんとなくそれを使って自分でテクノを作ってみようと思った。それが7歳の頃です」

 親からプログラミングのやり方を教わり、最初の頃に完成したのは、本人いわく「クソみたいな、ループ的な何か」だったが、パソコンでひたすら音楽制作に励み、ビートメイカー=Pigeondustの下地は固まっていった。

 「今思うと、気持ち悪いガキでしたよ。当時はドラムンベースを聴いていたから、エイメン・ブラザーのドラムブレイクを高速回転にして刻む音を、口で真似しながら学校に通っていた。ろくにスポーツとかもしないで、ずっと家で音楽を作っていました。あとはMTVのテクノ番組を観たり、テクノを取り扱う店が街に一軒だけあったから、そこに通ったり。自分ではそれが普通だと思ってた。中学生の頃からパソコンでもサンプリングできるようになったから、やり始めて、レコードを買ったり、お年玉でターンテーブルのセットを買ったり。でも、その時はまだ、ビートメイキングは自分にとってただの自慰行為的なものでしかなかった。音楽で飯を食っていこうとも思ってなかったし、ただ遊びというか、興味本位というか、現実逃避というか……。当時はまだ今みたいに、ネットを使って誰かに音を聴かせたり、情報や価値観を共有したり、そういうこともほとんどできなかったしMySpaceとかができて、自分のビートを世の中に発信してみたら、そこに価値を見いだしてくれる人がいて、それで初めて自分が作る音になんらかの価値があることに気づいたんです」

 レコード・ディギングにも余念がないPigeondustは、目当ての盤を入手するため、ネット・オークションを利用するのは当然のこと、国内外のディーラーと直接やりとりするほどのレコード・コレクターでもある。趣味と実益を兼ねて、都内のレコード専門店などで働く経験を持つ。「ソウル、ジャズ、ヒップホップから、ロック、メタル、演歌まで、なんでも聴くし、なんでも集めてます。部屋の床が抜けちゃうから、あんまりたくさん買わないようにしてるけど」とも話すが、このインタビューの場にも学芸大学駅周辺で買ってきたばかりの、10枚ほどのレコードを持参していた。さっそくネタとして使うつもりだと言う。

 「ネタに使うレコードは試聴しなくていい。音を聴いてたら日が暮れちゃうから。昔は聴いてたけど、最近はジャケットのクレジットを見たり、国名、年代、レーベル名、曲名をチェックしたりするのは当然として、盤面の溝を見てその曲にブレイクがあるかとか、どういう展開があるかとか、どれくらい音が詰まっているかとかを確認する。ジャケ買いならぬ、溝買いですね。たくさんの失敗と成功を積み重ねて、自分の中でそういう選定基準が身について、ようやく当たりばかりを引けるようになった。それこそ中学の頃から掘ってるから。今日買ったレコードも本当に百円とか、数百円とかの安いレコードで、まだどういう音なのか知らないけど、それを買って持ち帰るギャンブル感も楽しみの一つです。外さない自信はあります」

 7歳の頃から音作りに励み、中学生の頃からサンプリング・ビートを紡いできた経験は伊達ではない。Pigeondustはビートを刻むために生まれてきたとさえ思える、生粋のビートメイカーだ。

 「音楽を聴いていて、刻みたい箇所があったらすぐに刻みます。例えば、レコードに針を落として気に入ったギターのメロディーが見つかれば、そのメロディーに合う音を頭の中で探して、あの音とあの音を足してこうしよう、という完成形のイメージが一瞬で出来上がる。あとはそれを実際に組み立てるだけ。パートごとに音ネタを集めたデータ・フォルダを作っているので、そのメロディーに合うエレピとかスネアとかをチョイスして重ねていく感じですね。もともと打ち込みをやっていたこともあって、自分にとってサンプリングという作業は、キーボードの音色を選ぶような感覚に近いです。そういう感じだから、正直言うと、何をネタ使いしたか忘れてることも多い。というか、自分が作ったビートも憶えてないくらいで、基本的にはビートを作るだけで満足なんです。例えば、スーパーに行って食材を買って、料理して、食べるとする。でもその1年後とかに、1年前に自分が何を作って、何を食べたのかなんて憶えてないですよね。ビートを組んで、ヴァース作ってフック作って、完成させて、自分で聴いて“格好いいのができたな”と思って、それで満足。頓着しません。ひとつのビートを組み終えるのはあっと言う間で、でも音の微調整とかに30分くらいかかるから、長くても1曲仕上げるのは大体1時間くらいですね」

 空腹を満たすために、材料を調達し、食事を作って自分で食べて、充足の息を吐く。彼にとって音楽作りは極めて日常的な行為であり、ライフワークだと言える。「だから、ビートのストックは何千とある」。

 音楽に狂っている、と言うと誤解を招くかもしれないが、この場合は間違いなく賛辞だ。しかし、ひたすら音に淫することは、日常生活にも少なからず影響を及ぼすことになる。

 「発作みたいなもので、たぶん病気なんです。音を刻まないといられなくなる。今もこの後ろの機械(インタビューの場所にある複合機)から出てる音と、そっちのエアコンから出てる音をずっと聞いている。気になって仕方なくて。この機械の音にリヴァーヴをかけたキックを重ねて音を歪ませて、クリック・ハウスとかディープ・テクノっぽい感じでやったら格好いいと思います。例えば、駅のホームにいると、チャイムみたいな音が鳴りますよね。そのメロディーを聴くと、頭の中で勝手にビートを組み始めてしまうわけです。あの音色にはあのベースラインが合うな、とか。街には音が溢れているから、音が少なくてなるべく静かな場所を探したりもする。小さな頃からずっと音と向き合ってるから、どんな雑音でも、人の声でも、自分が好きな音に変換して、ひとつの音楽にしたいと思ってしまう。そういう性分というか、中毒している感じですね」

 幼い頃からドラムンベース、テクノ、ハウスなどを好み、そういうジャンル内に収まる音楽を創作してきたが、昨今においてますます進む音楽ジャンルのクロスオーバー化の流れも汲みつつ、現在のPigeondustの実験的でアブストラクトなサンプリング・ビートは、一般的にはヒップホップと解釈されるに違いない。それは例えばフライング・ロータスがどんなビートを生み出そうが、それが“ポストJディラのヒップホップ・ビート”と捉えられる流れと一致し、Pigeondustの音楽は世界的なビート・ムーヴメントと図らずもシンクロした。

 「今でもテクノを作ったりするけど、あえて言うなら自分が作っているのはブレイクビーツとかアブストラクト・ヒップホップですかね。自分が作ったビートを聴いた人から“それDJシャドウと同じネタだよ”とか言われたりして、ああそうなんだって。その時にいいとされる音楽とか、周りで流行っている音楽は自分も普通に聴いてるし、その影響がおのずと自分のグルーヴに表れていることは否定しないけど、強い影響を受けたビートメイカーはいないし、目標にするミュージシャンもいない。Jディラとかマッドリブとかを目指す同世代のビートメイカーはいるけど、自分はただ単に好きな音を刻んでいるだけです。もしビート・シーンとかで自分の音が評価されているなら凄く嬉しいけど、自分からそういうサウンドに擦り寄ろうとは思わない。志や音楽性を共感できる人もいるし、格好いいと思えることもあるけど」

 鳩の首の動きのBPMが格好よかったから、などの理由により中学生の頃からPigeondustと名乗り始めた。高校の時に1年間オーストラリアに留学し、英語力を身につけた。コードなどの音楽理論は独学で習得した。高校時代にパンク・バンドのドラマーをやっていた。かつて知り合いのオランダ人とユニットを結成し、ネットを活用して海外のアーティストにトラックを提供していた。大学ではコミュニケーション学や文化人類学を専攻していた。Rok Jomaという名義でビート制作したり、主宰するレーベル=Yel-owe recordsでインターネット世代の有望なビートメイカーをフックアップしたりしている。実は、トランスやノイズやメタルなどの音楽も作っている……。その経歴や、才能の背景にある事実をひとつひとつ掘り下げていくと何倍もの字数が必要になるので割愛するが、とにかく、この9月にリリースされる『Eastbound Ticket』はPigeondustの初のオリジナル・アルバムにして、ひたすら音楽と対峙してきた人生の転換点にもなり得る作品だ。

 「この1年くらいで、自分の中で音楽に対する意識の革命みたいなものがあったんです。それで、ようやくCDというフィジカルなものを出してみたいと思った。あの震災で自分は生き残ってしまったけど、みんな自分が生きることに必死で、買い占めとか国産のものを買わないような動きとかが起きたりして……。自分もその流れを汲んだひとりで、外国産のものを食べて、他人を蹴落として、生き残って、ゴミのようなビートをひたすら量産して、ネット上にポイポイと投げる……そういう生活をしてきたけど、本当にそれでいいのか少し疑問に思えてきた。意味がないな、人のためになってないなと思ったんです。自分にできるのはビートを作ることで、それ以外にはなくて、自分の音楽をいいと思ってくれる人も確かに存在する。自分の音楽に励まされた、元気をもらったと言ってくれる人がいて、音楽にはそういう力もあるなら、本気で音楽に取り組もうと思ったんですね。それこそプロとして、一生の生業としてやってみようと。自己満足のためではなく、第三者がどう思うかとか、出した後の結果とかも意識しながら音楽を作る。需要に対する音楽を発信するのは大事なことですよね。自分がトラック提供したラッパーの音源がCDでリリースされたら自分の親も喜ぶし、今まで自分を支えてくれた人や昔から自分に期待してくれた人に恩返しもしたいと思っている。それでみんなが満足してくれたら、もう死んでもいいかもしれない」

 2008年頃から作りためてきた千を超える数のビートから、ベストの出来だと思えるものだけが選ばれ、そこにさらに手が加えられて『Eastbound Ticket』は完成した。インスト曲が主体だが、サダトX、Haiiro de Rossi、DJ DUCTなど国内外から多彩なゲストも招かれて、この早熟のビートメイカーの新たなキャリアの幕開けを飾るに相応しい、磐石の作品に仕上がった。間違いなくその天才性は、このアルバムの中で開花している。

 現在、彼は100円のレコードなどを使って制作した、できたての新鮮なビートを毎日、

自身のブログ

にアップしている。40days Beatdownと名づけられたその画期的な試みは、アルバムの発売日に向けて計40のビート紡ぎ出すことを目的にする。Pigeondustのカウントダウンは、すでに始まっている。

Pigeondust『Eastbound ticket』商品情報

Pigeondust (ピジョンダスト)

DJ、ビートメーカー、プロデューサー。1987 年、音楽一家に生まれる。クラシックや民族音楽の音源収集や、レア音源のプライベート盤制作が趣味で家にレコードブースを作ってしまう祖父。ブラコンを聴く母、ジャズ、プログレを集める父、音大教師でピアニストの叔母などから幼少より音楽的洗礼を受ける。小学生でテクノにハマり打ち込み音楽をはじめるがColdcut やChemical brothersの影響でサンプリング技術に興味を持ちすぐにブレイクビーツを組みはじめた。中学でデックスを購入し、ファンク、ジャズ、ディスコなどに音楽幅を広げる。海外レコードコレクターのコミュニティ、SOULSTRUT の影響でオブスキュアなグルーヴ、ライブラリなどを掘り始め中2 でクロスオーバーDJ を都内のバーなどで行っていた。既にPigeondust 名義でトラックを作りネットレーベルなどからリリースする。高校留学時もほとんどの時間をレコードディグに費やし、仙台在住オランダ人Timmo とアブストラクト・ナード・ヒップホップユニット Frictionals を結成、シカゴを拠点に活動するTFD クルーへ加わった。その後、国内外でMC へのトラック提供を続けたが、ついに2012 年、Grunt Style Inc.と契約を交わし、CD デビュー。日本で開催されるLOW END THEORY JAPAN 2012 やStones Throw Japan Tour 2012 にDJ として参加もしている。

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