Funk Archaeology No.3

November 17,2010 | Category :  News | Tag :  Egon, Funk Archaeology,

Wax Poetics Japan No.10から始まったNow Againのイーゴンによる新連載“Funk Archaeology”。連載3回目となるエリカ・バドゥ表紙のNo.12では、サウンド・トラック『Hair』に関しての記事となっている。原稿と合わせて届いた音源を本サイト「online exclusive」にて読者に公開する。

『Hair』とは:
1960年代後半~1970年代初頭にかけて上演されたミュージカル。ブロードウェイにロックを持ち込んだ最初のミュージカルであることから、ロック・ミュージカルの元祖などと呼ばれる。
 不滅のサウンドトラック『Hair』

 私と同世代の人の多くが同様の経験をしていると思うが、『Hair』のオリジナル・キャスト盤の楽曲は、私の幼少時代に染み渡り、ポップ音楽にまつわる私の記憶を形成した。また、DJをしていた15歳の私は同アルバムのお陰で、仲間達から一歩先んじることができた。ピート・ロックが作曲家ガルト・マクダーモットの名曲「Where Do I Go?」のオープニング・リフからビートを拝借し、ランDMCの「Down with the King」に使っていたことを、彼らに教えてやることができたのだ。

 『Hair』がブロードウェイで4年間上演される前・最中・後に、マクダーモットが自ら主宰するレーベル、Kilmarnockで制作した作品について、私は年月を重ねるごとに知識を深めていった。私はスタテン・アイランドにあるマクダーモットの自宅で、マスターテープ、アセテート盤、レコードの山を保管する仕事をした。その仕事を行う過程で、私はお気に入りのプロデューサー(ビースティ・ボーイズの「Get It Together」で「Let the Sunshine」の「Switched On」バージョンを使ったQティップや、カジモト名義でレコーディングした初期のトラックに「Where Do I Go」のフランス語バージョンを使ったマッドリブなど)に刺激され、『Hair』の楽曲をカバーしたアルバムを手当たり次第に購入してきた。言っておくが、『Hair』をカバーしたアルバムは数百に及ぶ。もしかしたら、数千に及ぶかもしれない。
 『Hair』のブロードウェイ・リバイバル公演。私は母親、弟、妻と共にアル・ハーシュフェルド劇場の中二階に座り、ドラマーのバーナード・パーティやベーシストのバッド・バスコムといった同ミュージカル初公演の同窓生が、「Let the Sunshine In」をファンキーに演奏するのを大いに楽しんだ。同ミュージカルは、昨年のトニー賞でリバイバル作品賞を受賞した。ミュージカルの終盤、私が満員の観客を見回していると、妻が言った。「少なくとも4世代が集まっているわね」。確かにその通りだった。LAに戻ると、私はレコード棚をじっくり眺め、マクダーモット、ジム・ラド、ジェローム・ラグニによる不滅のミュージカルにインスパイアされた作品をピックアップしたのだ。以下は、私が特に気に入っている5作品である。


 
George Shearing 
“Aquarius” (MPS) 1975
 マクダーモットは、デューク・エリントンの美しいメロディと共に、セロニアス・モンクの激しくパーカッシヴな演奏にもインスパイアされたピアニストだ。そのため、地域の中古レコード屋でも、ジャズにインスパイアされた『Hair』のインストゥルメンタル・カバーは数多く見つかる。しかし、当時56歳だった盲目のピアニスト、ジョージ・シアリングによるラテン・テイストの入った「Aquarius」は、今やスタンダードとなったマクダーモット楽曲の見事なカバーだ。冒頭のドラムとベースの掛け合いを聴くだけでも購入する価値がある。

 
Sacramento Senior High School 1970 
“Aquarius/Let the Sunshine In” (Mark Custom Records) 1970
 このハイスクールのステージ・バンドは、「Aquarius」の歌詞のヒントとなったヒッピー・ムーヴメントの純真かつ短命な喜びを表現した。彼らの若々しい楽観主義には、不思議な魅力がある。「Let the Sunshine In」のカバーの成功は、リズム・セクションが壮大なコーラスのフィナーレに対応できるかどうかにかかっている。私としては、サクラメント・シニア・ハイスクールの多文化集団が、1970年の冬の日、学校の講堂という制約の中で、この目標を達成したと思いたい。

 
John Sangster 
“Hair” (Festival Australia) 1970
 タイトル楽曲は、劇中でも特にファンキーな場面でパフォーマンスされる。ビルトモア劇場での初上演中、ドラマーのイドリス・ムハマンドとベーシストのジミー・ルイスは、ハイライトでどのようなブレイクダウンをしたのだろうか。それが見られるのなら、私は何だってするつもりだ。オーストラリア出身のパーカッショニストは、『Ahead of Hair』という気のきいたタイトル(真実ではないにせよ)の中で、なかなか見事なカバーをしている。

 
Hanus Berka and Broadway Matadors 
“Walking in Space” (Hit Records Germany) 1970
 劇中、最もサイケデリックな場面で登場する「Walking in Space」は、ドラッグによる酷い幻覚症状を表現している。音楽と場面が釣り合ったものでなければならないが、実際に見事にマッチしている。「Walking in Space」は『Hair』の中でも特にファンキーかつダークな曲だ。70年代前半、クインシー・ジョーンズさえ、A&Mからリリースしたアルバム『Walking in Space』で同曲をカバーしたほどである。しかしながら、セッション・ミュージシャン集団だと思われるハヌス・ベルカ&ブロードウェイ・マタドールズが、ここまで素晴らしいサイケなカバーをいかにして完成させたかについては、説明し難いものがある。私は同曲のインストゥルメンタル・バージョンも発見した。それをレコードで見つけられたら良かったのに。


Galt MacDermot 
“Ripped Open by Metal Explosions” (Kilmarnock) 1970
 『Hair』のインストゥルメンタル演奏なら、マクダーモット本人に敵う者はいないだろう。もちろん私のひいき目もあるが、マクダーモットの自宅にて、カタログ化されていなかったオープンリール式のテープで「Three-Five-Zero-Zero」の未発表バージョンを聴いた時、この真実をはっきりと悟った。同バージョンには、ムハマンド、ルイス、ギタリストのチャーリー・ブラウン、そしてマクダーモット自身がフィーチャーされていた。「Ripped Open by Metal Explosions」は、マクダーモットが書いた哀しい名曲の1つである。このインストゥルメンタル・バージョンは、マクダーモットによる初期ファンクの名曲「Coffee Cold」(1966年)に匹敵する完成度だ。 
-Eothen “Egon” Alapatt, Los Angeles, 2010. 
イーセン “イーゴン” アラパット、2010年ロサンゼルスにて。

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