日本が誇る巨匠、冨田勲が逝去

May 09,2016 | Category :  News | Tag :  Isao Tomita, 冨田勲,

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日本にシンセサイザーを持ち込んだ電子音楽の第一人者が息を引き取った。

作曲家であり、シンセサイザー・アーティストの冨田勲が5月5日、心不全で他界したことを日本コロムビアが発表した。享年84であった。1950年代、慶應義塾大学文学部在学中に作曲家としてキャリアをスタートした冨田勲は、NHK大河ドラマや民放のテレビ番組、映画や手塚治虫のアニメの音楽などを数多く手がけた。クラシックの作曲家でありながら、従来の演奏形態にとどまらず電子楽器などをいち早く導入し、新しい音楽の行方を模索した。1969年にモーグ・シンセサイザーと出会い、1971年には当時とてつもなく高額な楽器であったモジュラー式のモーグ・シンセサイザー(MOOG III-P)を日本で初めて個人輸入した。最初、使い方も解らなかったシンセサイザーを冨田勲は駆使し、創造性に富む音作りを実現させ、電子音でクラシックの名曲を演奏し直すという発想で唯一無二な作品を発表していった。

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音の色彩表現にこだわり、芸術的センスと実験精神に溢れた彼の作品は海外で高い評価を集めた。ドビュッシーのピアノ曲をテーマにしたアルバム『月の光』(1974)は先に米国でリリースされ、米ビルボードのクラシック・チャートでは1位、ポップ・チャートでは最高67位を記録し、日本人としては快挙となる、米グラミー賞4部門にノミネートされた。海外で評価されると国内でも彼の功績が認められるようになり、日本国内でモーグ・シンセサイザーの認知度を飛躍的に高めた。「世界のトミタ」の異名を持った冨田勲は国境、世代を超えて愛されており、かのマイケル・ジャクソンも敬愛していた。

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60年以上の音楽活動を通して、Yellow Magic Orchestraを始めとする数多くの国内外のアーティストに影響を与えた冨田勲。ポップ・ミュージック、エレクトロニック・ミュージック、ダンス・ミュージック、そしてヒップホップ(Jディラ、フライング・ロータスといったプロデューサーたちが好んでサンプリングした)まで幅広い音楽ジャンルに彼の幻想的な音世界の片鱗が垣間見える。いつまでもその実験精神は衰えず、2012年にはVOCALOIDの初音ミクをソリストとして起用した『イーハトーヴ交響曲』が、日本フィルハーモニー交響楽団による演奏で披露された。今年11月には、初音ミクとの新作コラボレーション『ドクター・コッペリウス』の上演が予定されており、長男の冨田勝のコメントによると、倒れる一時間前までも楽しそうにそのイベントの打ち合わせをしていたのだという。

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ご冥福をお祈りいたします。

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