Made in NY: The Guru

October 09,2009 | Category :  News | Tag :  Guru,

By: David Ma // 09.28.06

2005年、ギャング・スターのフロントマン、グールーはすでに素晴らしい音楽業績を残していたが、また新しい段階へとステップ・アップしようとしていた。彼は2005年前半に『Version 7.0: The Street Scriptures』というソロ・アルバムをリリースしたばかりだが、ジャズマタズ・シリーズの新作も製作中であった。彼の声や、ラップ・スタイルが未だに色褪せていないのと同様、ソロで活動していようとも、ギャング・スターの輝かしい歴史は未だにその光を失ってはいない。 
「ギャング・スターの歴史は誰も忘れないし、みんな俺たちのレコードを掘り続けるだろう。だけど俺はいろんなことに手を出し始めていて、そろそろその新しい第1章がスタートする」とグールーは言う。彼は2005年に自身のレーベル、セブン・グランドを始めた。
ギャング・スターのファースト・アルバム、「No More Mr. Nice Guy」は1989年の1月、ニューヨークのワイルド・ピッチからリリースされた。それから10年間、彼らのレコードは毎年名声を獲得していき、グールーはヒップホップのMCの中でも有数の評判を得た。ワックス・ポエティックスは、ギャング・スターの結成、ワイルド・ピッチの成長、DJプレミア、またニューヨークから受けた影響について、グールーに迫ってみた。 
 
あなたがヒップホップを聴き始めた頃のニューヨークはどんな感じでしたか? 
俺的には、とってもエキサイティングな街だったね。ヒップホップはニューヨークの雰囲気にぴったりだった。タイムズ・スクエアにブルックリンにブロンクスなど、いたるところにヒップホップは存在していた。独特の雰囲気があって魅惑的だったね。
 

ラップを始めるようになったきっかけは? 

俺はボストン出身なんだ。そこでDJといろいろやっててね。俺がラップして、そいつが作曲やビート・ボックスをするみたいな。それが80年代後半ぐらいでシングル1枚しか作っていなかった。やつらは地元で楽しくやりたかったみたいで、本気でやってなかったから、俺は1人荷物まとめてニューヨークに移ったんだ。みんな俺のことを気が狂ったと思っていたよ。最初はワンルームの小さいアパートに住んだ。デモを売って回った後、ローカルのワイルド・ピッチっていうレーベルと契約することになった。まあそれまでに何回もデモを作り直したんだけどな(笑)。ヴィレッジ・ヴォイス誌を読んでいて、クイーンズのリトル・ラスカルズというところに行ったんだ。そして担当者を何ブロックも先まで追いかけた(笑)。彼のミックスの仕方が気に食わなくてね。作り直してもらうか、お金を返してもらうかで迷った。でも、ワイルド・ピッチとの契約話は今考えると笑えるよ。ボストンにいた地元の友達がニューヨークに来て俺が貯めたカネにたかってきたんだ。それで殴り合いのけんかになった。で、そいつらはボストンに逃げ帰って、それからは連絡も取ってないね(笑)。 

ではギャング・スターの結成の裏にはワイルド・ピッチが絡んでいるのですね。 

ああ。ある意味そうだね。ワイルド・ピッチの人に俺の置かれている状況を話したら、その人のオフィスにいさせてくれたんだ。43ストリートにあったそのオフィスは実はその人の家だった。ロード・フィネスやDJプレミアのデモ・テープを視聴していたよ。だからA&Rみたいな感じだったな。給料はくれなかったけどな(笑)。 

その後すぐプレミアとやることになったのですか? 

ああ。彼のデモを持ち帰って、家でラップをしてみた。そしてワイルド・ピッチに彼の番号を聞いてすぐに電話したんだ。いいヴァイブスを出してからね。その時彼はテキサスの学校に通ってたんだけど、あと1、2週間でニューヨークに来る予定だったんだ。彼がニューヨークに来たらすぐに会ってみて、それで結成という流れだったね。 

プレミアのデモのどこが気に入ったのですか? 

まずジャズの使い方が気に入った。4つのトラックを1つに重ねていたのを覚えているよ。まず1つブレイクをループさせて、それにジャズのサンプルを重ね、スクラッチとあと1つそのトラックに合う音を加えてた。だからそのブレイクとジャズのサンプルにやられたのは間違いないね。1晩中かけて彼の曲でフリー・スタイルしたよ。プレミアの作品の質の一貫性には脱帽だね。彼がほかのMCにあげたトラックも聴いたけど「これが俺のものじゃないなんて」って感じだった。 

2人の最初にやった作品が『No More Mr. Nice Guy』なのですか? 

うん。あれは楽しかったよ。しかもいい経験になった。2週間でやったからファースト・アルバムっていうよりはデモって感じだね。 

では、『Step in the Arena』の方がファースト・アルバムと呼ぶのにふさわしいですね。 

間違いないね。もっと時間も使ったし、経験値も上がってたからね。あれは俺のお気に入りだよ。あれを聴けば「魅惑的な」時間の意味がわかる。あとあのアルバムの「Just to Get a Rep」という曲も気に入っている。 

『Step in the Arena』を作ったのは大事な時期だったと思いますが、『Daily Operation』と『Hard to Earn』については振り返ってみてどう思いますか? 

どっちのアルバムも好きでライヴの時はよく歌うよ。特に「Mass Appeal」はね。今でも最初に歌う曲はそれだ。あのアルバム2つにはとてもフレッシュなサンプルや歌詞が入っていて、とても大事に思っているよ。「Mass Appeal」は名曲って言われてるけど、あの曲には意味があるんだ。あるタイプのラッパーについて歌っている。あの曲で俺たちが有名になったのを考えると笑えるね。あの曲のおかげでアーセニオ・ホール・ショーに出演できた。当時あの番組に出演したら誰も文句を言えなかったんだ。あの曲とアルバムのおかげいい経験をさせてもらったよ。内容としては、自分を偽り、セルアウトをして売れたラッパーのことを歌っている。俺はそうじゃないけどな。ラッパーを個人的にディスりたくなかったからわざと誰の名前も挙げなかった。自分の心に聞いてみたら、だいたいどういう人たちのことを言っているかわかるだろう。 


名曲と言えば、「Words I Manifest」についてはどう思いますか? 

あの曲は俺にとって特別だ。あの頃俺はラッパーとして自己を確立しつつあって、もっとスピリチュアルな考えも身につけ始めていた。歌詞で歌ってることとやっていることを一致させないといけなかった。どういう意味かというと、本当の自分を包み隠さず歌って、歌詞の裏にテーマを持たせたかったんだ。ラッパーって、今も昔も自分のことを大きく見せたがるだろ? ダイアモンドの指輪やファーのコートに大金。俺はそんなことを歌いたくはなかった。持っていなかったしね(笑)。だから俺は自分が実際に知っていることを歌いたくて、まずあの曲が手始めだった。あのころはアイデンティティを確立し始めていたから、そういうことがとても大事だったんだ。 

すべて素晴らしいアルバムですが、その中でどれが1番のお気に入りですか? 

気分によって変わるね(笑)。だけど『Step in the Arena』か『Moment of Truth』かな。 

あなたの曲ではずっとニューヨークがテーマ、背景となっていますが、ブルックリンを通るとどういう気分になりますか。 

まずブルックリンが俺を育ててくれたって感じがするね。そしてそれを誇りに思っているよ。どこを見回しても落ち着く。どんな小さなものでも大切な宝物だ。ハッパの巻き方まで特別だ(笑)。偶然だけど、ちょうどこの前ビギーとリル・シースがよくいた場所を通ったよ。ビギーに「ミュージック・ビデオを作れば?」と言ったのを覚えている。彼はすぐに撮影してた。いやぁ、あの頃は楽しかった(笑)。 

これまでいろんなことを乗り越えてきましたが、ニューヨークでの1番最初のライヴを覚えていますか? 

ああ、もちろん。あれはユニオン・スクエアにあるホテル・アマゾンっていうところだった。毎週お菓子の名前みたいなテーマがあって。例えばある時はミルキー・ウェイとか(笑)。初めてステージに上がったのはワイルド・ピッチのイベントの時だった。ライヴで緊張したのはあの時だけだね。あの時はとにかく歌うことと、観客とコミュニケーションをとることだけを考えていたよ。プライドを持ってね。だけど観客を見渡すと、神レベルの45キングやフレイヴァー・ユニットの人たちがいたから、正直ビビったね。あと初めてだったから友達もちゃちゃを入れてきた(笑)。だけど終わった後は拍手をもらって、怖いもの知らずで、真のMCだと認めてもらったよ。あれ以前はまだオープン・マイクでしかやったことなかったんだ。 

そういえば9.11事件の時はニューヨークにいましたか? 

ああ。あの時はちょうど寝てた。自由が売りのニューヨークも、警察の街と化したよ。安全のために仕方がないとは思ったけど、あの事件のせいで、黒人やラティーノの問題が後回しにされた。ホームレスも問題などもそのときすでにほったらかしにされていたのに、もはやもうないものとして扱われたからね。あと子供のホームレスの数も増えてきていた。ニューヨークだけじゃなくてアメリカ全体でね。ほんとにいらつくよ。メディアは全然興味を示さないし、こんなに金持ちの国でホームレスの子供なんていちゃいけないんだ。 

あなたはヒップホップの歴史の1部で、ニューヨークはギャング・スターの歴史の1部ですね。あなたにとってニューヨークとは? 

ニューヨークが今の俺を作った。 

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