R.I.P. Frankie Knuckles (1955 – 2014)

April 02,2014 | Category :  News | Tag :  

「ゴッドファーザー・オブ・ハウス」ことフランキー・ナックルズが、3月31日、糖尿病の合併症のためシカゴの自宅で亡くなっているのが発見された。ハウス・ミュージックの祖として知られる彼がダンス・ミュージック、クラブ・カルチャーにおいて果たした貢献、与えた影響は甚大であり、この突然の訃報に世界中が悲しんだ。

ブロンクスに産まれたフランキー・ナックルズは、70年代前半、ニューヨークのディスコでDJ活動を始めた。70年代の後半、すでにParadise GarageのレジデントDJになっていたラリー・レヴァンは、シカゴの新しいクラブのDJの仕事をオファーされた際に断り、代わりに腕の立つDJとして友人のフランキー・ナックルズを推薦した。1977年にシカゴでオープンしたこのクラブ、The Warehouseのレジデントとなったナックルズは、独特のミックス・スタイルとツボをついた選曲でどんどんと人気を博していった。その後彼はThe Warehouseを去り、自身のクラブThe Power Plantをオープンしたが、Warehouseがあまりにも人気であったため、地元のレコード店ではいつしかこのクラブでかかるような音楽が「ウェアハウス・ミュージック/ハウス・ミュージック」と呼ばれるようになっていた。その後、ナックルズを中心に、この時代のシカゴのDJがクラブでかけていたディスコ、イタロ・ディスコ、ファンクといった音楽に影響を受けた者達が、比較的安価になったドラムマシンなどを駆使し、新世代のダンス・ミュージックを作り出し始めた。この新しいサウンドはそのうちUKへと飛び火し、世界を席巻していったのであった。

DJだけでなくプロデューサー/リミキサーとしても大活躍したフランキー・ナックルズは、数々のオリジナルトラックやリミックスを遺しており、「The Whistle Song」(1991年)や「Tears」、(1989年)「Your Love」、「Baby Wants to Ride」(1987年)などはハウス史に残る名曲として語り継がれている。彼の功績を讃え、2004年にはThe Warehouseが建っていた敷地の側の通りがFrankie Knuckles Wayに改称され、2005年にはDance Music Hall of Fame(ダンス・ミュージックの殿堂)にその名が刻まれた。

「悲しみに打ちひしがれながら書くが、今日とても大切な友人、フランキー・ナックルズを失った。
今はそれしか言うことができない。すまない」- デヴィッド・モラレス
「朝まで仕事して、終わってこのニュースを見たばかりだ。DJ フランキー・ナックルズ、RIP。私にとって友人であり、同僚であり、紛れも無いパイオニアだった」- ナイル・ロジャース
「ちくしょう。30年前のエイプリルフールにはマーヴィンが他界して、その時も信じられなかったが…今度はこれか。最悪なニュースだ。#RIPFrankieKnuckles」- クエストラブ
「フランキー・ナックルズほどクラブ・ミュージックに美しさと心を注入することができた人物はいない。今後も現れないだろう。彼の音楽を聴いて私の人生は定まった」- ディミトリ・フロム・パリ
「フランキー・ナックルズ RIP。彼が東京のYellowでこの曲をかけていたのを見た時を、私は忘れない。

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