Rest In Peace: Idris Muhammad (1939 – 2014) 

August 05,2014 | Category :  News | Tag :  Idris Muhammad,


 
ニューオーリンズ出身の名ドラマー、イドリス・ムハマドが、7月29日に死去した。詳しい死因は明かされていないものの、
以前より透析治療を受けていたとのこと。74歳であった。
イドリス・ムハマドはジャズからR&B、ソウル、ファンク、ロックンロールまで幅広いジャンルに足跡を残し、のちにサンプリングを通してヒップホップ世代にまで支持された、偉大なるドラマーである。ニューオーリンズのサウンドとジャズやソウルなどを混ぜた唯一無二のドラミング・スタイルで彼は、アーマッド・ジャマルロバータ・フラックグローヴァー・ワシントン・ジュニアボブ・ジェームスジョージ・ベンソンソニー・スティットジョン・スコフィールドルー・ドナルドソン、ファラオ・サンダースといったビッグネームと共演を果たし、サム・クックジェリー・バトラーカーティス・メイフィールドなどのツアーをサポートした。
 
 
8歳でドラムを始め、16歳でファッツ・ドミノの代表曲「Blueberry Hill」(1956年)で演奏したムハマドは、その後ニューヨークに渡り、ソウルやジャズの分野で高い評価を得るミュージシャンとなった。特に彼はジャズの世界に多く貢献し、Blue Noteなどの名門レーベルからリリースされたソウル・ジャズの傑作の数々に、彼のファンキーなブレイクビートが刻まれている。
1970年代を通して彼がリリースしたソロ・アルバムも脚光を浴び、Kuduから1977年にリリースされた『Turn This Mutha Out』の表題曲は、BillboardのR&Bチャートで21位を獲得。70年代後半にリリースされたディスコ作品はジャズの純正主義者には非難されたが、1977年の 「Could Heaven Ever Be Like This」や1980年の「For Your Love」などのディスコ・ナンバーは、Loftなどクラブのダンスフロアで愛された。80年代以降、彼の音楽はサンプリング・ソースとしても人気を博し、これまでビースティー・ボーイズからEPMDムーディーマンまでもが、彼の音楽を再解釈してきた。多岐に渡る彼の音楽性は幅広い世代のリスナーに支持されており、世界中の音楽ファンが彼の死を悔やんでいる。
 
 
「私は生まれながらにしてドラマーなんだ。創造主に授かった特別な才能のおかげで、私はあらゆる種類の音楽を演奏することができるんだ」(US版Wax Poetics第1号のインタビューより)
 

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