Tatsuo Sunaga Interview

October 08,2013 | Category :  News | Tag :  

 
DJとしてのみならず、プロデュース、リミックス、執筆、さらには自身のソロ・ユニット“Sunaga t experience”でも作品を発表するなど、豊かな知識と確かなセンスでアーティストやオーディエンス、日本中のクラブからの信頼を集めている須永辰緒。須永氏に激しく脈動するクラブジャズ・シーンや、イベント「moderno」の話を中心に若い世代は知らない世界を存分に語ってもらった。
須永さんは「ジャズ」というイメージがあります。しかし1988年代に立ち上がった伝説のレーベルMajor Forceに参加しています。当時はDJ Doc Holidayと名乗り「Club Of Steel」という名曲も残しています。当時を振り返ってDJ Doc Holiday名義の活動はどんな活動だったのでしょうか?

 ヒップホップを新しい形のパンク、という捉え方をしました。やはりポスト・パンクを模索していた先輩方が、いとうせいこうさんやメジャーフォースのみなさんです。ヤンさんのヒップホップへの取り組みはそういった枠はおそらく遥か彼方で、ちょっと次元が違う気がしますが。ともかく「何だか新しい音楽が出てきたぞ」という『わくわく』で一杯だったエポックな時代ではありました。音楽評論誌で「ヒップホップは黒人音楽の徒花だ」という文章を読んでからその雑誌は以降一切読まなくなったことも。メジャーフォースの方々は時代を代表する天才揃いだったのでついていくのが精一杯で、センスを根っこから叩き直された時期でもあり、その時期が今の自分を支えているかと思います。凄い人達でした。
 DJ Doc Holidayを名乗ったのは気分(笑)ですね。みなさんがそういったDJネームを名乗り出したからっていうのもありますが、そもそも西部劇が好きだったのとアンチヒーロー好きというところでワイアット・アープよりはドク・ホリデーだろうと。メジャーフォース以降、日本語のラップは劇的に変貌しますし、その現場にも立ち会っていますが、MUROくんとTwiggy、全然タイプは違いますがスチャダラパーのデビューも第二次のエポックだと思います。当時原宿のモンクベリーズというクラブでDMXさんとDJをしていましたがいつも壁でジトっと音楽を聴いていたお客さんが居て正直気持ち悪かったのですが、その人はECDだったりして(笑)その後に繫がります。ついていくので精一杯の激流並な流れがありました。流木にしがみつくのが手一杯な感じの。

須永さんと言えば伝説のクラブ「Milos Garage」があると思います。藤原ヒロシ氏やNIGO氏、MURO氏など幅広いジャンルのDJがプレイしていたと思います。

 MilosでのClub of Steelというイベントはそもそも西麻布のTOOL’S Barで始まりました。お客さんが全員プロ志向のギラギラした連中ばかりだったのでひとつも手を抜けない中で随分鍛えられました。近所のコンビニで溜まっていた連中にカツを入れたらその中の一人がBOY KENで、何故か仲良くなりレコード持ちをしてもらってたり。同じ西麻布界隈にクラブで同じ曜日にDJをしていたKRUSHも同期といえば同期ですかね。お客さんにはDEV LARGEやMUROくん、千葉くん(ヒップホップ最高会議)今アパレルをやっているBBPのクルー、GAS BOYS、DJ KAORIやAKI、何だかみんな仲良しで男20人くらいで温泉に行ったこともあったかなぁ。イベントでたまにDJゴングショー的なラップ大会みたいなこともありましたが、優勝候補のMUROやスチャダラパーを倒して優勝したのはMC ICHIROという、誰だそりゃみたいな事もありました。

 ex.第三倉庫のMilosに移ってから印象深いのはGAS BOYSの台頭と、当時MC JOEという男の面倒も見ていて実際Milos内ではラップが一番上手だったのですが、早稲田大学のブラックミュージック研究会だったかな? そんなサークルの若い連中にMC合戦みたいな時に叩きのめされてました。凄い奴がいるな~と感心していたらそれが宇多丸(ライムスター)だったとか。お客さんにDJ TASAKAくんが居たりとか。面白い時代です。 
ジャイルス・ピーターソン率いるロンドンからアシッドジャズ・ムーヴメントが起こりました。
須永氏の盟友である松浦俊夫氏が在籍していたUnited Future OrganizationがLoud Minorityでロンドンのクラブシーンのど真ん中に入り、日本人でも世界で通用するDJ/プロデューサーとして紹介されました。須永氏はこの時期のアシッドジャズムーヴメントや海外進出していく後輩達をどうとられていましたか?

 僕はアシッドジャズや渋谷系を1ミリも通ってないんです。ヒップホップ人脈は少なからず後輩感覚があるのですが、沖野くん始め関西からのDJとは全く繫がってなく、情報といえばタワーレコードで買うNMEくらいでしたので、そういったシーンは後で知りました。パブリック・エナミーとビースティ・ボーイズ、スケート系のハードコアが自分の全てで、むしろドメスティクなヒップホップシーンのリロードで精一杯。クイーン・ラティファや45KingはTool’s Barに遊びに来てくれてその後も色々やり取りがありました。松浦くん、矢部くんは元クラブキングなので知っていましたし付き合いも長いですが六本木にBANKというクラブができてそこで初めて「踊れるジャズ」の存在を知ったような始末です。ピチカート・ファイヴの名前はさすがに知っていましたがお会いしたのはOrgan b.だしフリッパーズ・ギターさえ知りませんでした。

東京に数々のクラブは生まれては砂の城のように潰れて行くなか、Organ barは本当に音楽を愛して、アナログを愛するDJ達が集まってきたと思います。想い出や今後のビジョンについて教えて頂ければと思います。

 幸いDJ歴もそこそこあり、お客さんからプロになったDJや、そもそも活躍していたDJ諸子とも繫がっていたので、当時のオルガンバーは画期的なプログラムを生み出す事に成功したんだと思います。DJのみなさんのおかげです。Organ b.に関しては最初からラウンジを目指していました。Tool’sやMilos、西麻布のピカソあたりでは所謂ピカレスクな夜遊びの美学もありましたがOrgan b.は「クラブ活動」を目指しました。女の子一人でも安心して遊べるイメージです。その為に自分がクラブのセキュリティとなってピカレスクな要素を排除することと、音楽要素の充実を基本としていました。Organ b.はStudio Apartment森田なども輩出しています。Roomもそうですけど音楽系小箱は人材の輩出も大事だと思っています。小西(康陽)さんのDJデビューも実質的にはOrgan b.ですね。

1990年代はあのエリアはアナログが世界中で1番と言われた場所です。外国人もまずはレコード買いに行った歴史があります。DJのプレイも変わってきましたが、この現状を須永さんはどうとられておりますか?

 通りをレコード屋のショッピングバッグを当たり前のように持っている若い子が居るって宇田川町は特異だと思います。僕らはプロですけど、そういった趣味でレコードを買ってプロを目指す連中も同じ土俵にいるというつもりで日々研鑽を心掛けてました。誰よりも音楽を知っておいてやろう、みたいな変な意地がレコード番長(←そもそも小西康陽さん命名のイベントのタイトル)に繫がったんじゃないでしょうか。とにかく毎日レコードを買っていました。


須永さんがセレクトしたジャズ・コンピ、『夜ジャズ』シリーズも多数リリースされております。『夜ジャズ』はどのようにして始まったんですか?
 基本的にはDJはサービス業だと思っているので、お客さん本意でのプレイを心掛けています。ある程度はそのレベルに降りて行くけど、それ以上はDJの個性もあるのでその辺は折衷しますが。ある日のOrgan b.のフロアでちょっと意地悪気味にストイックにインストゥルメンタルなハードバップばっかりプレイしていたところ、それでも盛り上がる深夜3時という瞬間がありました。それはそれでDIYというか結構パンクだな~なんて感心したりして。お客さんを鍛え、お客さんに鍛えられ、そういったフロアが生まれたんですがそれを記録に残せないかなと思い出しまして。というわけでDJ生活が反映しているという点ではMIX CDと変わりません。

最も尊敬するジャズのミュージシャンやWax Poeticsの読者に推薦するアルバムを教えて頂けますでしょうか?

マイルス・デイビス / カインド・オブ・ブルー

ビル・エヴァンス / ポートレイト・イン・ジャズ

デューク・エリントンの諸作品

エスビョルン・スベンソン・トリオ / セヴン・デイズ・オブ・フォーリング

ジョン・コルトレーン / ラブ・シュープリム

第2回目を迎える「moderno」が開催されます。ジャズ系の方達だけではなく、ハウス、ヒップホップ、ダンサーなどもいらっしゃいます。全体的なコンセプトは以前から考えていられたのでしょうか? 上記の質問に被る部分も根底にはあるのでしょうか?

 90年代にはジャンル関係なくDJが沢山集まるイベントがありましたが、細分化された今ではめったに開催されることはなくなりました。それを復活させたいのがひとつ。DJを名乗ってはいるもののプロとアマチュアの境が無くなってきているのでプロ中のプロを集め「これがDJだ」というところをお客さんに聴いて欲しいのも理由のひとつ。さらには震災以降元気が無くなった地方都市の活性化を東京から発信していく、「東京はこんなに凄いんだ!」というパーティを作るためにダンサーもDJ同様に重要な役割を果たします。全てのパッケージを完璧にまとめる事でパーティを胸に響くようなものとし、地方都市から来て頂いたお客さんやオーガナイザーに雰囲気を持ち帰ってもらいたいという理由も大きいです。

SPECAIL TALK SESSIONの吉田類氏のことを紹介してください。またどんな内容になるか教えて頂ければ幸いです。

 23:00から吉田類の酒場放浪記ならぬ「吉田類のVISION放浪記」というトークコーナーを設けます。VISIONの広大なフロアにある5カ所のバーカウンターを呑み歩き「クラブでの正しい飲酒」やマナーなどについて類さんに伺います。類さんには酒の縁で繋がり、一緒に東北復興支援チャリティ・イベントなども開催しています。

 by Yasushi Takayama (RUSH! PRODUCTION) 

moderno 
10.13.2013 SUNDAY 

at SOUND MUSEUM VISION
OPNE 22:00 
¥2000 LADIES ADV,DOOR 
¥3000 MEN ADV 
¥3500 MEN DOOR 
一夜限りで伝説を創った屋内最大級フェスティバルが2013年も開催! 屋内イベントの枠を遥かに超越する、圧倒的なスケール感。昨年開催され伝説となった須永辰緒主宰パーティ“moderno”の拡大版スペシャルヴァージョンが、待望の声に応えて今年も還ってくる。そこでは、彼のライフワークともいえる「夜ジャズ」イディオムが封印され、ディープハウス、テックハウス、ラテンエレクトロといったフィールドに視野を広げた多彩なサウンドが展開されていく。そのコンセプトに共感して集結するのは、目も眩むほど豪華なラインアップのトップDJたちだ。さらに、ドラァグ・クイーンたちや東京No.1バーレスクダンサーによる妖しい演出は今回も健在。そして、酒場詩人 吉田類によるSPECIAL TALK SESSIONも開催決定!今後の追加出演者の発表にも常に注目して欲しい。熱狂のボルテージは、今レッドゾーンへ。 
ACT: 
須永辰緒 
DARTHREIDER 
EIJI TAKEHANA (Jazz Brothers) 
DJ EMMA 
KO KIMURA 
MARCY 
MASANORI MORITA (STUDIO APARTMENT) 
MITSU THE BEATS  
Nao Nomura 
DJ Niche 
Q-HEY 
DJ TAKAKI 
DJ TASAKA 
TOSHIO MATSUURA 
DJ TSUYOSHI 
YAMA a.k.a.SAHIB (Jazz Brothers) 
DJ YUMMY 
YUSUKE YOSHINAGA 
YOSHIJIRO SAKURAI 
Watusi (COLDFEET) 
and more surprise!! 

SPECAIL TALK SESSION: 吉田類 

DANCER: 
ACCO 

areej nicolegumi 
Coco_ayumi (BODY.PAINTING) 
default 
Erika 
FUMI 
jasmin 
kaeri 
mako 
MARILYN 
MIDORI
misscabaretta 
nagwa 
naspy 
Natsumi 
nicole 
PiPPi 
Principessa Elegante 
regine 
REMI 
risa 
Rune Glitter 
tira-akane 
V (Jacky+ANN) 
Yasuna 
yukie 

PLACE: 
SOUND MUSEUM VISION 
〒150-0043 東京都 渋谷区 道玄坂2-10-7 新大宗ビルB1F 
Shintaiso Bldg. B1F, 2-10-7 Dogenzaka Shibuya-ku, Tokyo Japan 
TEL/03-5728-2824 

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