〇ジョー・クォーターマン、4年ぶりの来日まもなく

Posted by     Masaharu Yoshioka | December 07,2018

〇ジョー・クォーターマン、4年ぶりの来日まもなく

 

【Sir Joe Quarterman’s Gig Will Be December 19 At Quatro Shibuya: First In 4 Years】

 

4年ぶり。

 

2014年12月、奇跡の初来日を果たした1970年代に活躍したファンク・アーティスト、ジョー・クォーターマンが4年ぶりに再度来日する。来る2018年12月19日(水)渋谷クアトロで、オーサカ=モノレールがバックをつけて登場。この日は、他に、大ファンク好きの若手ロック・グループ、ザ・ボゥディーズ(The Bawdies)のリード・シンガー、ロイ(Roy)、さらに、大阪のファンク・バンド、「ザ・たこさん」のリード、安藤八主博が参加、さらにDJに黒田大介が入るという大ファンク・パーティーになりそうだ。

 

 

4年前に来日したときにジョー・クォーターマンに少し話を訊いたので、そのあたりを少しまとめてご紹介しよう。

 

ジョー・クォーターマンはワシントンDCに1945年12月15日に生まれた。現在72歳、ライヴの日には73歳になっている。9人兄弟の3番目。音楽を仕事にしていたのは、弟くらいで、彼はジョーのツアー・マネージャーなどをしていたが、何年も前に、ワシントンDCの警官に殺されたという。

 

1960年代からトランペットを吹くようになり、学生時代にジャズ・バンドに参加。オーランド・スミス・クインテットというジャズ・グループに入った。一方で自分でも曲を書いたりしていたが、このクインテットが解散。その頃、ジョーが書いた「ベイビー・アイ・ドロップド・エヴリシング」という曲が、ちょっとラジオでかかるようになり、自身のバンドを作ることにする。それがのちのフリー・ソウルへ発展していく。

 

Sir Joe – Baby I’d Drop Everything

https://www.youtube.com/watch?v=FikCAbmFigU

 

 

 

1960年代初期から、彼は、「サー・ジョー」と「サー」の称号を付けて名乗るようになっていた。なぜか。

 

「60年代の初期、僕たちはザ・ナイツというグループをやっていたんだが、その頃のバンド・メンバーってみんな頭に、『ロード』とか『サー』とか、『デューク』とかつけてたんだ。そこで、「サー・ジョー」とか「サー・ウォルター」とかね。「カウント」とかもあって、ご存じの「カウント・ベイシー」とかいただろう。(笑) それでずっと名乗っていたんだけど、アルバムを出すことになったGSFレコードが「サー」をはずしたんだよ。「サー」がついてるとイギリス人みたいだからだっていう理由でね。(笑) 7インチ・シングルがでたときは、「ジョー・クォーターマン&フリー・ソウル」だよ。で、アルバムで「サー」が復活したんだ。(笑)」

 

当時影響を受けていたのは、ジェームス・ブラウンやスライ&ファミリー・ストーンだった。

 

そして、1972年、彼らの「アイヴ・ガット・ソー・マッチ・トラブル・イン・マイ・マインド」が出る。

 

これが出て見事なヒットに。そのサウンドがジェームス・ブラウン・サウンドを踏襲し、またちょっとしたリフもJBズのものから取っていたために、ジェームス・ブラウン本人が彼らの事を気に留めるようになり、ニューヨークでブラウンのライヴのときに前座を務めることになった。

 

「ジェームス・ブラウンは、ジョー・クォーターマン&フリー・ソウルってのは、どんなバンドなんだ、って興味津々だったみたいだ。楽屋で直接話をした。いろいろ話したが、とてもよく覚えているのは、『keep it funky, you’ll be alright』(ファンキーにやり続けろ、そうすれば、お前らは大丈夫だ)というもの。

 

確か、前座の仕事は2日あったんだが、最初の日、僕たちのバンドはかなり前座なのに盛り上げてしまって、ミスター・ブラウンがやりにくかったらしいんだ。そこで2日目は、僕たちが演奏を終えてから15分以上のインターミッション(休憩)をいれて、観客の熱を冷ましていたよ。(笑) あの頃の僕たちのバンドはタフでスモーキン(めちゃ盛り上げてた)だった。特に『ソー・マッチ・トラブル』を観客はみんな気に入ってくれてて、叫んで、踊ってくれていた。まさにパーティー・ソングだ。あの頃はまだ若かったから、あなたのJBズと同じくらいかっこいいでしょう、ってジェームス・ブラウンに言ったが、彼は笑ってた(笑)」

 

「アイ・ガット・ソー・マッチ・トラブル・イン・マイ・マインド」は1966年頃から、部分部分ができていた。オルガンにD,G,A,というボタンがあり、それを押すとそれに呼応した音がでるんだが、それをいじっていて、その音にあわせて、『シンク・アバウト・イット』というフレーズができた。歌詞の最初の部分は聖書から取った。そうして、少しずつできてんだ。そして日々の仕事をしていると、いろいろなことが起こる。そうしたことを歌詞に落とし込んだというわけだ。最初にできたときは、レコードになった音とはだいぶちがっていたよ」

 

彼らの所属レコード会社GSFは、行き詰まり倒産。その後、グループはメジャーのマーキュリーと契約。シングルを出すが、大ヒットには至らなかった。

 

大型バンドで彼らは「アイ・ガット~」のヒットでツアーの仕事も入ってきたが、ツアーをまとめるのが思った以上に大変だった。バンドメンバーが全員、集合時間にきちんと来るか、乗り遅れずに公演地に行けるか、ギャラの配分はきちんとできるか、など、あまりに雑多な仕事が多くなりすぎ、ジョーはそれに嫌気がさし、音楽活動を止めてしまう。

 

そして彼は建築士の資格を取り、以来建築家として昼間の仕事をするようになり、音楽は趣味で聴く程度になっていった。

 

その後、この「アイ・ガット~~」はサード・ベース、UTFOなどがサンプリングで使い、彼の作品はヒップホップ・ファンにも知られるようになった。

 

バンドは自然解散。ところが2000年代に入ってイギリスのジャズ・カフェをブッキングする人間が彼に連絡してきて、ライヴをやらないかと言ってきた。久々に興味を持ち、仲間を集めてやってみようかと思ってやってみたところ、レア・グルーヴの流れなどもあり話題となった。そして、日本からもオーサカ=モノレールの中田亮さんから連絡があり、日本に来たこともないので、前回の来日に至った、というわけだ。

 

建築家だけに、受け答えも実にきっちり、しっかりしていて、ちょっとしたビジネスマンのような印象さえ持った。それでいて、もちろん、ファンク・スピリットは忘れない。

 

前回のオーサカ=モノレールとの共演も大変気に入っており、4年ぶりの来日も楽しみにしているようだ。

 

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Sir Joe Quarterman- (I Got) So Much Trouble In My Mind(1973)

https://www.youtube.com/watch?v=0w7Ccje1jho

 

 

 

ファンクの傑作盤

サー・ジョー・クォーターマン & フリー・ソウル Limited Edition

サー・ジョー・クォーターマン&フリー・ソウル  形式: CD

https://goo.gl/aLci1P

 

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概要

 

■オーサカ=モノレール・プレゼンツ・サー・ジョー・クォーターマン・ウィズ・オーサカ=モノレール

 

日時 2018年12月19日(水) 開場18時、開演19時

会場 渋谷クアトロ

渋谷 CLUB QUATTRO

〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町32-13  4/5階

料金 4000円、当日=4500円 (+1ドリンク代)

チケット発売 2018年10月13日午前10時から

 

出演 ザー・ジョー・クォーターマン

オーサカ=モノレール

安藤八主博(ザ・たこさん)

ロイ(ボゥディーズ) Roy (The Bawdies)

DJ 黒田大介 (キッキン)

 

チケットは、ぴあ。

https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=1848090

 

https://t.pia.jp/pia/ticketInformation.do?eventCd=1848090&rlsCd=001

 

 

ANNOUNCEMENT>Sir Joe Quarterman

 

 

 

 

 

 

 

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