●メルヴィン・エドモンズ(アフター7創始者、ベイビーフェイスの兄)死去

Posted by     Masaharu Yoshioka | May 20,2019

●メルヴィン・エドモンズ(アフター7創始者、ベイビーフェイスの兄)死去

【Melvin Edmonds Dies】

訃報。

メルヴィン・エドモンズ Melvin Edmonds R&Bヴォーカル・グループ、アフター7創始メンバー、ケニー・ベイビーフェイス・エドモンズの兄が、2019年5月18日生まれ故郷のインディアナポリスで死去した。64歳とみられる。ソーラー・レコードで仕事をしているシド・ジョンソンがSNSに明かした。報道では65歳とする記事もある。1954年11月2日生まれとされるので、誕生日前なので現在64歳だが、単純に2019~1954を引き算して65歳とした可能性もある。あるいは、1953年11月生まれで、実際65歳の可能性もあり、こんご正しい情報がでてくるだろう。詳細はこれから

https://t.co/cCMJt4G2pI

https://blackamericaweb.com/2019/05/19/melvin-edmonds-of-after-7-has-passed-away/

https://www.indystar.com/story/entertainment/music/concerts/2019/05/19/after-7-vocalist-and-north-central-alum-melvin-edmonds-dies-65/3732983002/

http://sandrarose.com/2019/05/rip-after-7s-melvin-edmonds-dead-at-65/

2011年頃に脳卒中となり、片半身が不自由になったという報道もある。

メルヴィンは、4人の子供、メルヴィン・ジュニア、ジェイソン、クリス、コートニーによって送られる。

アフター7の2016年リリースアルバム『タイムレス』からのビデオ「トゥ・レイト」。メルヴィン、ベイビーフェイスも登場

After 7 – “TOO LATE” Featuring David Edmonds & Kenny “Babyface” Edmonds

左からキース・ミッチェル、メルヴィン・エドモンズ、ケヴォン・エドモンズ(サンドラローズ・ウェッブより)

評伝。

メルヴィンは、エドモンズ6兄弟の2番目。1954年11月2日(53年生まれの可能性も)、インディアナ州インディアナポリス生まれ。エドモンズ兄弟は上からマーヴィン・ジュニア、メルヴィン、マイケル、ケヴォン、ケネス(ケニー)=ベイビーフェイス、デレクの6人。4男のケヴォンと同郷のキース・ミッチェルと大学で出会い、グループを結成。当初はアマチュアとしてやっていた。大学を出た後は、それぞれ昼間の仕事についていた。

ケヴォンは、イーライ・リリー&カンパニー、キース・ミッチェルはシカゴのジョン・ハンコック、また、メルヴィンは19か20歳頃若くして結婚し、インディアナポリスのクライスラーの工場で仕事をしていた。

当初ケヴォンとキースでアマチュアとしてグループをやっているときに、3人目のメンバーとして兄のメルヴィンに声をかけ、地元のタレント・コンテストなどに出場するようになり賞金を稼ぐようになった。

ベイビーフェイスによれば、兄弟で一番いい声を持っていたのがメルヴィンで、2番目がケヴォンで、自分は歌ではかなわなかったと思っていたという。

しかし、ケニー(ベイビーフェイス)は、1970年代にR&Bグループ、マンチャイルドなどで経験を積み、1980年代になりディールに入り、そこで出会ったLAリードとパートナーを組み、ソングライター/プロデューサー・チームとして活躍、次々ヒットを出した。

こうして音楽業界で成功していたベイビーフェイスの口利きで、彼の兄たちのグループ、アフター7としてヴァージン・レコードと契約。このとき、ケヴォンとメルヴィンはベイビーフェイスの兄、キース・ミッチェルはベイビーフェイスのパートナー、「LAリードのいとこ」という触れ込みだったが、実際はリードとはまったく関係なく、プロモーション用のストーリーとして作り上げられたものだった。1989年、シングル「ヒート・オブ・ザ・モーメント」でデビュー。デビュー・アルバム『アフター7』が1989年8月にリリースされ、アメリカではプラチナム・アルバム(100万枚以上のセールス)となり、一躍注目のR&Bグループとなった。その後も、2作目『テイキン・マイ・タイム』(1992年8月)、3作目『リフレクションズ』(1995年7月)とリリース。2作目もプラチナム、3作目もゴールド(50万枚以上)を記録した。

After 7 – Heat Of The Moment

シングルも「レディ・オア・ノット」、「キャント・ストップ」(いずれも1990年)、オリジナルズのカヴァー「ベイビー・アイム・フォー・リアル~ナチュラル・ハイ」(1992年)などのヒットを放った。

After 7 – Ready or Not

After 7 – Can’t Stop

After 7 – Baby I’m For Real

1991年映画『ファイヴ・ハートビーツ』に「ナイツ・ライク・ディス」を提供。

しかし、アルバム3枚発表後、メルヴィンは家族との時間を大切にしたいとグループを脱退。しかし、テレビ・ドキュメンタリー『アンサング』ではメルヴィンがドラッグ(コカイン)などを使うようになり、リハーサルなどに来なかったためと明かされている。その後1996年にグループは実質的に解散。

実際ファースト・アルバム制作時にベイビーフェイスが書いたある曲のレコーディングに、メルヴィンがやってこなかったことがあり、そのためその曲は別のシンガーに提供された。それがジョニー・ギルが歌うことになる「マイ・マイ・マイ」だったという。

映画『ソウルフード』(1997年)内で架空のグループ、マイルストーンとして登場した。このマイルスストーンは、ケヴォン、メルヴィン、ベイビーフェイスにケイシー&ジョジョの5人で結成されたグループ。このグループがちょっとした評判を得たので、アルバム制作などの話も出たが、立ち消えとなっていた。

Milestone – I Care ‘Bout You

メルヴィンは生活を支えるために同じロードでもトラック運転手に。キースは地元で建築などを請け負う工務店のような会社を経営していた。ケヴォンは細々と音楽活動を続け、1999年ソロ・アルバム『24/7』(トゥエンティフォー・セヴン)』も出した。

2016年、メルヴィンの息子ジェイソンを加え新生アフター7で再活動。アルバム『タイムレス』を発表、一時期メルヴィンも参加し4人組としてライヴも行った。

After 7 “I Want You” Live @ SiriusXM // Heart & Soul

1990年1月に有明MZA、同年10月横浜アポロ劇場に、2013年6月ビルボードライブに出演のため来日。2013年は、メルヴィンではなく、その息子のジェイソンと、ケヴォン、キースの3人だった。

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ベイビーフェイスを育んだもの~ベイビーフェィス20年の軌跡

2001年10月2日付け

https://www.barks.jp/news/?id=52256021

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アフター7のCD 基本は4枚。

①   After 7

Virgin Records America (1989-08-22)

https://amzn.to/30nZwIm

②Takin My Time

After 7

Virgin Records Us (1992-08-25)

https://amzn.to/2LVS6Jk

③   Reflections

After 7

Virgin Records Us (1995-07-18)

https://amzn.to/2M9ZGjN

④Timeless

After 7

Ent. One Music (2016-10-14)

https://amzn.to/2HsEIIk

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Best of

After 7

EMI Special Products (2003-12-30)

https://amzn.to/2JtAD8V

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Five Heartbeats Soundtrack

https://amzn.to/2Q9xfkf

Soul Food Soundtrack

Various Artists

La Face (1997-09-16)

https://amzn.to/2waSiti

OBITUARY>Edmonds, Melvin (Nov 2, 1954 (1953) – May 18, 2019, 64 (65) year old

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